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この記事では、私がすべてのテーマにしている言葉「生きるってことは、愛だよ」について、お話したいと思います。これは90歳の友人がくれた言葉のプレゼントです。私は、この言葉を世界中に広めたい、伝えたいと夢見ています。私はオカリナを吹くときも、この言葉の精神を大切にしています。

生きるってことは、愛だよ

私が社会福祉士になる前です、そう、ホームヘルパーから福祉の道への出発をした15年前でした。私の90歳の友人ハナさんが、苦しい中で声をふりしぼってくださった言葉です。

「生きるってことは、愛だよ。愛に格好なんて、ないんだよ。 
たとえあと1日しか生きられなくても、
たとえ100歳になっても生きなくっちゃならなくても、
どんなにみじめになっても、どんなに痛くっても、辛くっても、泥にまみれていても、
 あなたの人生は、あなたしか生きられないんだよ。そんなに大事なあなたなんだよ。
だから・・・・、この命を、生きて、生きて、生き抜こうね。それが、愛だよ。」

この言葉を紹介したくて、オカリナ演奏とともに作った動画がこちらです。

「シューベルトのアベマリア」のオカリナ三重奏と、これに続く即興創作演奏です。
オカリナは、南大阪に工房を持っておられる、板東正裕さんの作品
「颯オカリナ」のアルトC、ソプラノF、ソプラノCで演奏し、ミキシングしました。

ホームヘルパーとして福祉の道を志したころ

私は約15年前、思うことがあって、30代後半で福祉の道を志し、
ホームヘルパーになりました。

ホームヘルパーになったばかりのころです。
私はNPO法人(特定非営利活動法人)で仕事をはじめ、
できたばかりの介護保険制度における、
高齢者の方々のご自宅を訪問しての介護に取り組んでいましたが、
NPOでは介護保険制度では支援できない方の支援を行っていました。
その一つに
入院中の方の身の回りのお世話があります。
病院に入院したら、介護保険の対象にならず、
ヘルパーの派遣は制度上できません。(現在も同じです)
しかし、病院の看護師も、医療以外の支援まではできず、
本来は家族が付き添うことになりますが、
その家族も付き添えない方がおられます。
そういう方の所に、身の回りの支援や、寄り添い、傾聴に行っていました。

私に、「生きるってことは、愛だよ。」という言葉をくださった方も、
ご入院中に私がヘルパーとして訪問して出会った方です。

その方とは、
その後、約1年間、
私はヘルパーとして交流させていただいたのですが、

一緒に過ごさせていただいた中で
くださった言葉が、
「生きるってことは、愛だよ。愛に格好なんてないんだよ。」
という言葉でした。

90歳になるそのご婦人は、
非常に重い障がいと病気を背負っておられました。
体は全身が動かない、
そして動かないだけではなく、
少しの衝撃で全身に激痛が走る、
もちろん、食事も、入浴も、
生活のすべては介助が必要で、
寝たきりの状態でした。

つらいことは
体のことだけではありません。
心のこと、社会的なこと、二重にも三重にも苦しい境遇にあった、
そんな方でした。

そんなつらい境遇の中で下さった、黄金のことば

それが
「生きるってことは、愛だよ。」という言葉だったのです。

人生の師であり友人である90歳のハナさんとの出会い

その方との初めての出会いは、病院の集中治療室でした。

当時、NPOの訪問介護員(ホームヘルパー)だった私は
介護保険制度では支援できない方の支援の一環として
入院中の方の話し相手や身の回りの世話のために、
何人かの利用者の方の病室を訪問していました。

ハナさん(仮称)との出会いも、そうした日々の中でした。

その当時ハナさんは、重い病気に加えて皮膚の感染症に見舞われていて、
病院の集中治療室におられました。

私はガウンとマスクとヘッドキャップをつけ、
手にはゴム手袋をつけ、
両目しか外からは見えない状態で、
花さんのいる集中治療室を初めて訪問しました。

入るなり、ハナさんは私の目を見て言われました。
「やっと来てくれたんだね。
あんたに会いたかったんだよ。」

なぜだか涙が流れました。
どういう涙か説明がつきません。

手袋ごしではありましたが
彼女の手を取って、ふたりで涙を流しました。

ハナさんは寝たきりで、全身が自由に動かず、
しかも激しい痛みのある状態でした。

痛みがあるから、介護をするヘルパーや看護師の気持ちを敏感に感じられます。

病室でハナさんはよくおっしゃったものです。
「わたしにはわかるんだよ。
忙しいからって、仕事のことしか考えていない人の手つきは
痛いんだ。
乱暴なんだ。
いくらにこにこ笑っていても、
心の中はお見通しだよ。」

「目は口ほどに物を言うけれど、
目がものを言わないように、
ごまかすことくらいできるさ。

でもね、手は、口や目よりも物を言うよ。
わかる人にはわかるんだよ。」

私たちヘルパーに対して、いつも厳しいハナさんでした。

「在宅ターミナルケア」の中で

そんなハナさんの
退院の日が近づいてきました。

退院といっても、
元気になったから退院という
わけではありませんでした。

普通は退院なんかできない状態なのですが、
退院の日が近づいてきました。

なぜ退院になったのか?
良くなったのか?
それとも、もう病院で看ることができなくなったのか?

どちらでもありません。

花さんの強い希望と、
それをかなえる人々がいたからです。

本当は、医療による管理が必要な病状であって、退院は難しい中、

住み慣れた自宅で過ごしたいという花さんの強い希望を聴いて、
わたしたちNPO が中心になって、
病院や地域の医院と連携して
「在宅でのターミナル・ケア」を組むことにしました。

いつ病状が急変するかもわからない
ターミナル状態の人を、
住み慣れた自宅で看護及び介護していくためには、

医療や福祉の連携をしっかりしていくことが必須です。
ハナさんの場合も、
訪問看護や往診、
介護保険による在宅訪問介護、
訪問リハビリテーションの理学療法士、
地域のボランティア、
また私たちNPOによる、介護保険外の訪問介護
など、
多くの関係者が手を取り合って、
ハナさんの在宅生活を支えることになりました。

こうして
ハナさんは、
非常に重い病気を背負いながら、自宅に帰られました。

ハナさんの退院後、私たちNPOのヘルパーが
交代で花さんの介護に訪問することになりました。

そして
ヘルパーに厳しいハナさんと、
特にドジで間抜けな男性ヘルパーである私との
すったもんだの物語が始まったのです。

次回は、そのハナさんとの数々の思い出についてお話します。