Pocket

ブログ「オカリナドリーム」について

ブログ「オカリナドリーム」にご訪問いただき、ありがとうございます。
ブログの管理人 オカリナぽーるです。

このブログでは、オカリナの世界を接点にしまして
スピリチュアルなオカリナの音色や詩、エッセイを公開していこうと思っています。

また、オカリナに興味のある人だけでなく、心の癒し、悩み、夢や希望といった、
いろいろな心や暮らしのことに関心のある皆さんのニーズにこたえていくために
幅広いジャンルについて記事を書いていこうと思います。

自己啓発や趣味、旅行、エンタテイメント、スピリチュアリティーなど
人生を豊かにしてくれる話題にも広く触れていきたいと思います。

オカリナを入り口にしながらも、
それにこだわらず、自由でおもしろい、また暮らしに役立つ
バラエティー広場に、これからしていきたいんです。

というのは
私はオカリナ奏者であると同時に、社会福祉士・精神保健福祉士であり、
レクリエーション・インストラクターとしても
スピリチュアルケア啓発者としても、介護・福祉現場で実践しています。

こうして
日々の暮らしに悩みを抱えている様々な人々に向き合っている中で
多くのニーズに気づきました。
だから、私たちの中にあるいろいろなニーズ
暮らしの楽しみのことから
人生とは何かと悩むような、
スピリチュアルな心の痛み(スピリチュアル・ペイン)に関するニーズまで
広く触れていきたいんです。

それでは、自己紹介させていただきます。

ブログ管理人 オカリナぽーるの自己紹介

管理人である私 オカリナぽーるは、オカリナ演奏と、
Amazonキンドルでの電子書籍の作家活動をしております。

ステージでは、グループ名「ラエティー」、
ステージネーム「パウロ繁博」として活動しています。

オカリナとは10歳のころ出会って以来、もう40年近く吹いています。
いつもは福祉施設のボランティアなどで演奏したり、
教会の聖歌隊に入ってテノールを歌う傍ら、
子どものための礼拝や外国の方々のためのタガログ語の礼拝などで
オカリナにマッチする聖歌を吹かせていただいています。
一方、教会だけではなく、お寺でも吹く機会をいただき、
お寺の紅葉のライトアップイベントでのコンサートや
開山40周年記念法要で吹かせていただくなど、
オカリナの癒しの音色が宗教やグループを超えて心に響くものであると
最近実感しています。

2017年には、神戸と南大阪のオカリナフェスタでソロ出演させていただきました。

そして2018年、「古代土笛」に出会いまして
その深さ、祈りの響きに魅了され、オカリナと一緒に吹いています。

また、現在私は、社会福祉士・精神保健福祉士として、
生活に何らかの悩みを持ちニーズを抱えておられる方々の権利擁護や相談援助を行っております。

ソーシャルワーカーとして、
高齢の方や障がいのある子どもや家族の方の暮らしの援助や権利を守る仕事をしているのですが、
そのなかで本当に思ったことがあります。

多くの人が
暮らしのつらさや、障がいや病気のつらさで精いっぱいになってしまい、
また支援する職業の人や家族の人も、
忙しさや戸惑いの中で余裕を失ってしまい、
本当はだれの心にもある、美しいことが好きな気持ち、
素敵なことに和める気持ち、
こうした気持ちがどこかに行ってしまっている。

オカリナの音色が
そうした本来持っている気持ちを、ふと思い出せる助けになればと思います。

オカリナの音色は本当に不思議です。
子どものころから、なにか心にいろいろな気付きや、癒しや、勇気をくれました。
いまでも
休みのときも、仕事の時も、オカリナを持ち歩いています。

オカリナとの出会い

私のオカリナとの出会いは
10歳のころ、小学校4年生のころになります。
それ以来、もう40年以上オカリナを吹きつづけています。
年齢がバレますね(・・・汗)。

小学校の4年生の時、
音楽の授業で初めてリコーダーを吹きました。
このリコーダーとの出会いがオカリナへの出会いの第1歩でした。

それまで私は、楽譜なんかわからなくて、
音楽の時間がとても嫌いだったのですが、
4年生の時にリコーダーの授業がありまして、
それが不思議に面白かったのです。

それまでは、音楽というと、楽譜がちんぷんかんぷんなので
わからないし、
ハーモニカはうまく吹けないし、
カスタネットは、遊んでしまって、注意ばかりされるし、
音楽っていやだなって思っていました。

しかし
リコーダーを初めて手にして、楽譜を読めなくても、曲を聴いて覚えたら吹けました。

「これは面白い!」

それで、
音楽の授業で習った「ドナドナ」や「星の世界」など
家に帰って、面白半分で吹いており、
やがてこれがエスカレートして、
テレビ番組の主題歌を吹きまくりました。
ウルトラマン、仮面ライダー、秘密のアっ子ちゃん、
ムーミンの歌、魔法使いサリーの歌など、覚えている曲も、
新しく聴いた曲も吹いて吹いて吹きまくりました。

「もう、いい加減にしなさい!近所からうるさがられるでしょ!」
と母に注意されたら、
学校帰りの公園や川っぺりの堤防で吹き
楽しい日々を過ごしたのが懐かしく思い出されます。

それで、あまりにもリコーダーを吹くので
父が見るに見かねて、ある日、本物の木のリコーダーを買いに
楽器店に連れて行ってくれました。

大阪梅田のナカイ楽器でした。
思えば運命はこの楽器店から始まってしまいました。

父が
「リコーダーなら本物の木のほうが、耳にキンキン来ないから
うるさいといわれなくてすむやろ。
値段のことは気にせんと、よう選べよ。」
という言葉も耳に入らず

私はショウウインドウにある
小さいサツマイモのような笛にくぎ付けになりました。

これは陶器でできた笛でした。

「これはかわいい、吹いてみたいねんけど・・・」
と店員さんに言ったら、

「ぼん(坊ちゃん)、センスええなあ」

にっこり笑って吹かせてくれました。

今までに出会ったことのない、
なにか、鳩のような、それでいてヒバリのような音色
「なつかしい」
そう思いました。

なぜ「なつかしい」と感じたのは謎です。
おそらく
何かの「デジャブ」だったのかもしれません。

吹き方は簡単、運指は少し違いますが、リコーダーを吹けたから、
その場でマスターしてしまいました。

「お父ちゃん、木のリコーダーよりも、この可愛い形の笛がほしい」
とねだり、
陶器でできた本物のオカリナを買ってもらいました。
「プリマ・マエストロのソプラノG」
これは、現在のアケタ・オカリナの前身で、高いト調の演奏ができる笛です。

陶器のこのオカリナと出会って以来、学校帰りに公園で吹いていましたが

それだけでは満足できなくなり、学校帰りの道で歩きながら吹き、
学校帰りの公園や川っぺりの堤防でも吹き、
楽しい日々を過ごしていました。

オカリナと共に過ごした日々

こうして私は、オカリナをいつもポケットの中に持ち歩き、

何かあるごとにポケットから出しては、おもしろい歌や楽しい歌や、
センチメンタルな歌を吹いていました。

心が疲れた時にも嬉しい時にも、
気ままにオカリナを吹いてきました。

オカリナには不思議な力があると感じています。
言葉がうまく話せなくても、
人と人が仲良くなれる何かがあるような気がします。

オカリナを吹いていると、
オカリナに「いいんだよ」と
言ってもらっているような気持ちになれます。

中高生の頃、ボランティア活動で、
敬老の日やクリスマス前後に、
みんなで歌を歌いに老人ホームをよく訪問していました。

そんなときにポケットからオカリナを出して
懐メロとか童謡を吹いたのですが

オカリナを吹き始めると、老人ホームのお年寄りの皆さんが
とっても喜んでくださいました。

「忘れていた歌を思い出した」と涙を流す方もいました。

私は中高生のころから歳に合わず、古い歌をよく知っていました。
一緒に行ったボランティアのリーダーが
「なんでこんな歌知ってるの?」
と驚いていましたが、

それには秘密が。

私は、いつも父の横で寝ていましたが、
父が
ラジオ番組の、「懐かしのメロディー」を録音していて
それをいつもかけながら寝るのです。

その歌を聴きながら
社会科の教師であった父はいろんな話をしてくれました。
その歌が歌われていた時代のこと、
歴史のこと、
日本の伝説や民族伝承のこと

おかげで
小中学生ながら古い歌を知っていたし、
歴史や伝統文化についても、いろんな雑学をおぼえていました。

こういうわけで
ボランティアで老人ホームに行った時なんかは

オカリナで昔の歌を吹いて
楽しいひと時を過ごせました。

このことは、実は今も続いていて、
福祉の専門家として働いている今でも
オカリナを吹いては
お年寄りとなごんでいることがよくあります。

認知症の方のおられるグループホームでオカリナを吹いた時なんかは
わたしがイントロを吹くと、自然に誰かが歌い出して
いつの間にか合唱になっています。

歌詞カードもないのに、
みんな、自然に歌われるんですよ。

きっと
歌や歌詞は
忘れないで大切にこころに持っておられて
ちょっとした歌い出しのきっかけをオカリナで吹いたら
思い出してみんなで合唱になるんだろうなって思います。

もう一つ、私が子供のころから、大人顔負けに知っていたジャンルに
聖歌、ゴスペルがあります。
父は、終戦間もなく洗礼を受けたクリスチャンで、
私にいろいろな聖歌を聞かせてくれたんです。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

ラテン語の聖歌から、ギターを弾きながら歌う聖歌までいろんな聖歌を聞かせてくれました。
300曲以上あるレパートリーは
今は亡き父が残してくれた、お金では代えられない遺産と思います。
この聖歌を、
私の生涯のいのちを使って、聖歌を知らない多くの人に伝えていきたい
こういう思いもあります。

こうして
父が出逢いをくれたオカリナのおかげで、
私は心豊かな日々を送り、
人々にも分かち合う毎日なのですが
これから、このブログでも、あなたに分かち合っていきたいと思いますので
ご訪問、よろしくお願いいたします。