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この夏から秋にかけて、即興創作演奏「平の敦盛 平和の祈り」を神戸オカリナフェスティバル2018および南大阪オカリナフェスティバル2018で演奏しました。オカリナと、古代笛である縄文くまその笛での即興演奏です。平敦盛は、平経盛の末子で、平清盛の甥にあたります。「一ノ谷」の戦いに17歳で参戦し、源氏側の武将である熊谷直実に討たれた敦盛。彼は笛の名手であり、そこに青葉の笛が残されました。私は、オカリナと古代笛の音色に、敦盛の思いを託しました。

こちらの動画は、南大阪オカリナフェスティバルで演奏したものです。

平の敦盛の心の叫び

「人と人は
なぜ争いあい、傷つけあい、奪い合うのか。
なぜ
同じように花や小鳥を愛し
風流や音楽を愛する人と人が
いのちを奪いあわなければならないのか。
わたしは、そのことが ただ 悲しい。

もし次の世に生まれいずるならば
争いのない世に、
人と人がいたわりあい、
大切にしあう世に生まれたい。

もし そのような世に生まれること
かなわなければ
争いのない世をつくりたい」

青葉の笛。
またの名を
小枝。

鳥羽上皇より、
敦盛の祖父である平忠盛が賜った
この名笛を、
平敦盛はこよなく愛した。

平の敦盛
年のほどは、まだ17歳。

平氏と源氏の戦が激しくなり、
敦盛は一ノ谷の合戦に出陣した。

もし戦がなければ、
敦盛の吹く青葉の笛の音色は
平氏の心にも源氏の心にも染み入っただろう。
人の心に響く音色をこの若者は奏でた。

一ノ谷の浜 今の須磨浦海岸。
馬に乗り沖の船に向かう敦盛を呼び止めたのは
源氏側の武将 熊谷直実。

一騎打ちの末、敦盛は馬から落とされ、兜を取られた。
熊谷直実は、
その透き通るほど美しい若武者 敦盛の顔を見て
真っ青になった。

「亡くなった我が子と同じ年頃じゃないか・・・・
なぜ私はこの武者を討たねばならぬのか・・・」

熊谷直実は敦盛にとどめを刺すことに躊躇した。

直実は、先日、愛する息子を合戦で失ったばかりなのだ。
「御仏よ、なぜ息子ではなく私が死ねなかったのか。
なぜ、息子は死ななければならなかったのか。」

しかし祈れども叫べども、仏の声は聞こえなかった。
息子を失った父親と、
沈黙の御仏との熾烈な心の戦いのさなか、
熊谷直実は、目の前の敦盛を討たねばならぬ現実に
おののいた。

悲しみを通り越した直実の目は
優しく透き通っていたんだ。

悲しみの極限を通り過ぎてしまった目は
台風も洪水も去った後のなんにもない青空のように
透き通っているんだよ。

そんな熊谷直実の中に、敦盛は悲しい父親の目を見た。
そして敦盛は、すべてを受け入れて
穏やかにこう言った。

「速やかに討て。
汝のためには(私は)良き敵ぞ。
名乗らずとも首を取って人に尋ねよ。
(そうすれば私が誰だかわかるだろう。)
すみやかに首を取れ」

「御仏は返事してくれないのか・・・」
熊谷直実は、天を仰いで
流れる涙をごくりと呑んで、
敦盛を討った。

この世に戦は無くならないのか。
御仏は何も言ってくださらぬのか。
みほとけの慈悲とは何か。

どんなに悲しかったことだろう。

その場に残された青葉の笛。
熊谷直実は、この笛を大切に持ち、
平敦盛の最後を伝えた。

心の熾烈なせめぎあいの末に
熊谷直実は、それでも、それでも、人々をいつくしむ
御仏の大慈悲を魂の底から悟り、
大慈悲を悟り、
仏門に入った。

時代は1200年以上経つ。
須磨の浜。

静かな波の音に合奏するように
平敦盛の心が聞こえる。
熊谷直実の心が聞こえる。

御仏の世界には
源氏も平氏もない。
お寺も、教会もない。
政党もイデオロギーもない。
そこは大いなる愛の世界。
争いのない世界。

子孫たちよ、この地上においても
もうこれ以上戦のない
世の中も
心の中も
平安な国をつくってほしい。

この敦盛の叫びを
動画にしました。
演奏は全くの即興で、使ったオカリナは
ヨシヅカオカリナ ソプラノGです。

平の敦盛に込めた思い

平の敦盛の伝記

私は、平の敦盛にはことさらの思いがあります。
中学校の頃、敦盛の話を知ったのですが、
どんな時も笛を愛して離さなかったなかった敦盛が、まるで兄貴のように思えて、
なりませんでした。

平敦盛は、平経盛の末子で、平清盛の甥にあたります。
敦盛公は、現在の神戸の近くの須磨浦海岸「一ノ谷」の戦いに17歳で参戦し、
馬に乗って沖の船に向かおうとしていたところを、
源氏側の武将である熊谷直実に呼び止められ、一騎打ちとなりました。
馬上から組み落とされ、兜を取られた敦盛の顔を見て
熊谷直実は驚きます。
まだ17歳の若者ではないか・・・しかも、自分の息子と同じ年頃ではないか・・

実は、熊谷直実は、同じ一ノ谷の戦いで、直前に息子直家を戦死させていたのです。
その亡くなった息子と同じ年頃の若者 敦盛。

とどめを刺すことに躊躇する熊谷直実の気持ちを読み取って、
敦盛は、すべてを受け入れて穏やかにこう言うのです。

「汝のためには(私は)良き敵ぞ。名乗らずとも首を取って人に尋ねよ。(そうすれば私が誰だかわかるだろう。)すみやかに首を取れ」

直実は、流れる涙をごくりと呑んで、敦盛を討ちます。
どんなに悲しかったことでしょう。
(このことがあって後年、熊谷直実は仏門に出家します。)

そこに残された青葉の笛。
敦盛の祖父・平の忠盛(つまり、平清盛の父にあたる人)が
鳥羽上皇より賜った「青葉の笛」(「小枝」とも呼ばれる)でした。
笛の名手である敦盛はこの笛を大切にいつも持ち、戦の合間にも吹いていたのでしょう。

子供のころから平の敦盛が好きだった

もし戦のない世だったら、
敦盛も、そして熊谷直実も、息子直家も、一緒に月を愛でながら団子を食べて
笛の音色を楽しんでいたことでしょう。

それが、
戦であるがために・・・・・
無念です。

笛の音は
人と人の心を結び付け、
仲直りさせる力があるはずじゃないか。
笛の音色には、神様とか天使とかの声が一緒にあるはずじゃないか。

せめて現代、
大好きな笛を私は吹きたい。
敦盛の分まで吹きたい
そう、こどものころより思いました。

いじめを受けて毎日泣いていたころ、
オカリナを吹いて、敦盛公に話しかけていました。
時代は違っても、私にとって、兄貴なのです。

そして
敦盛の思いを、
オカリナでしっかりと表現したいと、
ずっと思っていました。
月夜の海岸で一人で吹いたこともありました。

中学校の頃より
敦盛公は私の心のすぐ近くにおられたと思います。

あれから何十年もたちましたが
この敦盛の物語を
オカリナの即興演奏とともに
動画の中で語りました。
やっと、やっと、語りました。

神戸オカリナフェスティバル2018で演奏した創作組曲「平敦盛 平和の祈り」

今回、神戸オカリナフェスティバルで吹かせていただくにあたり、
この神戸だからこそ、須磨の戦いのこの思い
吹かせていただこう、敦盛公に心をゆだねて吹こうと決心しました。


演奏では
最初に板東さんの颯オカリナ ソプラノFで、唱歌「青葉の笛」を吹き、
祈りの導入にします。

そして祈りに入り、
ともちひろしさんの吟オカリナ 熱唱フォルテ アルトCで
魂に入ってくる気持ちに任せて、「体と笛を敦盛公に使っていただく」演奏をしたので
どんな演奏をしていたのか自分でもわかりません。
ともちひろしさんの吟オカリナ 「熱唱フォルテ」は文字通り
かなり強い息でしか本領を発揮しない難しい楽器で
敬遠する人が多いのですが
(もちろんともちさんの吟オカリナは、初心者の方もきれいな演奏ができる
吹きやすいモデルを作っておられますが、私はあえてこの熱唱タイプをお願いしました。)
この熱唱フォルテで
敦盛公の涙とともに熱唱の祈りに入るのですが、
これは、自分を無にして吹く状態で、いわゆる「入神状態」というのでしょうか。
どんな風になるのかは自分で想像がつきません。
楽譜もないので、毎回同じ演奏は二回とできません。

入神状態から意識を戻し
(実は携帯のカウントダウンタイマーをバイブレーターにして帯に挟んでいて、時間が来たら意識を戻す合図にしていました)

古代くまその笛で結びの祈りをしました。
古代くまその笛は、熊本県人吉の作家 高場俊郎先生が祈りを込めて作られた笛です。
この古代くまその笛で
結びの祈りは、この世に生まれ出でた感謝と、
平和な未来を確信して感謝申し上げるという意識を向けて、
穏やかな調子で吹かせていただきました。
敦盛公のたましいと自分の魂の騒ぎを鎮め、安寧に戻すために
感謝の祈りを穏やかに天に吹きました。
最後はアーメンで締めくくりました。

南大阪オカリナフェスティバルでも、敦盛の祈りを表現しようと思いつつ。
しかし、同じ演奏が二度とできるわけではなく、
どんな演奏をしたのかも覚えていないので、
また違うものになることは必定と思います。

南大阪オカリナフェスティバル2018で演奏した創作組曲「平敦盛 平和の祈り」

猛暑で倒れても吹きたい

8月に神戸で演奏した「平の敦盛 平和の祈り」
1か月後の9月24日には、
和泉中央で開かれろ南大阪オカリナフェスティバルで吹かせていただくことになっていました。

しかし、この年、ものすごい猛暑で
それでなくともずっと病弱で床にいがちな妻が、
脱水と免疫低下で40度からの熱を出しました。
そして、私も猛暑で倒れてしまい、
点滴を受ける始末になりました。

来週の南大阪、行けるだろうか…・
でも
敦盛公の気持ちを背負っている以上、行く。絶対に行くと思いました。
敦盛公は、点滴どころか、命を懸けて笛を守ったのです。
敦盛公の守った笛の音色を再現すると発願した以上
発願は成し遂げなければならない。

妻は寂しそうでしたが、笑顔で送り出してくれました。
「伝えたいことを伝えてきてね」と。

頭痛とめまいの中、本番で吹いて

序の曲では 板東正裕さんの作品 颯オカリナ ソプラノFで
「青葉の笛」を吹き、
これを導入にして祈りに入ります。

転の曲では、ともちひろしさんの作品 吟オカリナ 熱唱フォルテ アルトCで
即興創作「平和の涙」を吹きますが
これは、自分があってないような感じでの即興演奏で
魂に入ってくる気持ちに任せて、「体と笛を敦盛公に使っていただく」。
どんな演奏をするのか自分でもわかりません。
前回の神戸でも吹かせていただきましたが同じ曲ではありません。
(楽譜もないので、同じ演奏は二回とできません)

もし何の合図もなければ何時間も吹いている状態になっているのですが
演奏は時間厳守でとのことなので工夫が必要で、
実は前回と同じく携帯にタイマーをセットして帯に挟んでおきました。

これで分離状態から意識を戻し、
高場俊郎さんの作品「縄文くまその笛」に持ち替えて
閉めの演奏 鎮魂の曲「たまのきよめ」を
この世に生まれ出でた感謝と、平和な未来を確信して感謝申し上げるという意識を向けて、
感謝と喜びの内に吹き、演奏を奉納する。

こういう意図をしていたのですが
第1曲の「青葉の笛」の途中で意識が離れていき、
その後どうなるのか、自分でも不安な中、
オカリナをゆだねて指を任せていました。

心配していた携帯タイマーも作動してくれて戻れたので
古代笛の演奏に移れました。

明るく穏やかな音色を
そう思っていたのですが
後で動画を見ると、
まだ切ない音色の感じでしたね。

なにか
嘆きがあるのか、心配事があるのか・・・
そう思えば、今年は災害が多かった。
サムライの時代のような戦がなくても
地震、水害、土砂災害が多く苦しみは今も続いている
それを神々は決して忘れていないと、

敦盛公は天の国で祈っていらっしゃるのでしょうか
「たまのきよめ」に憂いが残ったこと
爽やかに閉められることがなかったことが

今後の私たちの生き方への示唆ではないだろうか
災害に苦しんでも、病気に苦しんでも、
共生(ともいき)できる社会をつくってほしい
そう敦盛公は願っておられるのだろうか
そう感じました。