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8月は、私たちが時代を超えても忘れてはならない記念日があります。8月6日に広島に原子爆弾が落とされ、9日には長崎に原子爆弾が落とされました。そして8月15日は終戦記念日。これらの記念日を前にして、私たちはもう一度考えたいと思います。「真の平和とは何か」「本当に真の平和なんか訪れるのか?」この記事では、この問いについて深く考えさせられる、二つのお話をしたいと思います。一つは、2・26事件の時にお父さんを目の前で射殺された渡辺和子シスターのお話、もう一つは、アフリカのルワンダ紛争の中で虐殺される恐怖の中を生き延びたイマキュレーという女性のお話です。この二つのお話から考えさせられること、気づかされることは多くあります。そして、そこからどんな答えや希望を見出せるか、それは未来の私たちにかかっていると思います。

私たちすべての人が、決してあきらめてはならないこと、
それは「本当の平和」。
その思いを込めてオカリナを吹いた演奏があります。
「ロザリオの歌」。
オカリナで多重奏しました。

渡辺和子シスターが涙を流し語ったこと

渡辺和子先生をご存知でしょうか?
ベストセラーとなったエッセイ集「置かれた場所で咲きなさい」の著者であり、
お若いころは皇后陛下の母校である聖心女子大学で学ばれ、
ノートルダム清心女子大学の名誉学長のちに理事長を務めておられた方で、
教育者として多くの貢献をしてこられたカトリックのシスターです。

(渡辺和子先生のベストセラー「置かれた場所で咲きなさい」

写真引用:Amazon.com)

2016年に89歳でお亡くなりになられるまで、
多くのメッセージを社会に発信してこられました。

(いまでは、Youtube動画からも、渡辺和子先生のお話を視聴できます。
この動画のお話も気づきが多く、ぜひ聴いてほしい一話です。↓)

https://youtu.be/S1Tp00ye9_0

 

広島の平和記念講演会に参加して

もう25年以上前でしょうか、私が広島県で学んでいたころ、
ノートルダム清心女子大学の学長を当時現役で務めておられました渡辺和子先生が

平和記念講演のため、広島の平和記念大聖堂に来られた時に、
私は足を運び、聴きに行きました。


(広島の平和記念公園)

渡辺和子先生といえば、
昭和初期に陸軍大将として第7師団長ののちに教育総監を務められた
渡辺錠太郎氏のご令嬢です。

そして、昭和11年2月26日、
軍がクーデターを起こそうとした2・26事件のときに、
青年将校たちに目の前でお父さんを殺害されるという
過酷な経験をされたのです。

2・26事件の起こった明け方、多数の青年将校が渡辺邸に乱入し、
起きがけの渡辺大臣に56発の銃弾を浴びせて射殺しました。

そのとき、渡辺和子さんは5歳くらいの幼児でしたが、
お父さんが蜂の巣のように銃弾を浴びせられてむごたらしく殺されていく様子の
一部始終を目の前で目撃しました。


(渡辺和子先生のお父さんである、陸軍大将 渡辺錠太郎氏
引用:ウイキペディアより)

ゆるしとは 平和とは

渡辺和子先生はこう話されました。

「平和。
それはなんとむずかしいことなのでしょう。

人のこころに「ゆるし」ということの本当の真実が根ざした時、
本当の平和が訪れるのでしょうね。

しかし、人はそれをあきらめてはなりません。

ゆるすこと、その難しさ、
しかし、ゆるすということの真実に本当に気づいたときの
心の平安を、心の底から感じたとき、
その人のこころに本当の平和が訪れるのだと思います。

私はそう信じて生きて行きます。」

渡辺和子先生は涙を浮かべながらこう話されました。

「私はカトリックの洗礼を受け、
イエスが生涯をかけて教えられた「ゆるし」について、
理解してきたつもりでした。

教師としての壇上でも、
生徒さん達に、「まず人をゆるしましょう」と教えてきました。

でもね、
それが本当に難しいことだって感じたことがありました。」

お父さんの墓前で

渡辺和子先生はこう続けられました。
「2.26事件の時、
私の父が、私の目の前で何発もの銃弾を受けて、軍人たちに殺害されました。
父が殺されたことのショック、
そのあとの苦しい日々のことは今も忘れようと思っても忘れることができません。

戦後のことです。
ある日、私は父が眠っている多摩の墓地にお墓参りに行きました。
そのとき、
私よりも先に、
何人かの男性たちがお参りに来て下さっていて、
お花を供えて下さっていました。

私はその男性たちに一礼しました。
男性たちは、深々と私に頭をお下げになられました。
そしてその方々がお顔をあげられたとき、
それは見覚えのあるお顔でした。

忘れもしません。
私の父に何発もの銃弾を浴びせて殺害した、
あの青年将校たちの一部の方だったのです。

イエスさまが教えて下さったとおり、
私はもうその方々を赦しているんだから・・・・
その方々も、父の墓参に来て下さってるんだから・・・・
そう思うのに、
私の胸に込みあがってくる何とも言えない思い
言葉では表現しようがありません。

何とも言えない思い・・・・」

(ここで渡辺先生は話が詰まり、少し沈黙がありました。)

どんなに泥だらけでも平和は必ず見つけられる

渡辺和子先生は言葉が詰まり、
しばらく下を向かれていました。
次の言葉が出てこない様子でした。

そして重い空気を破るように続けられました。

「ゆるすってことが本当に難しいことだと思いました。
しかし、その難しいことを、イエスは教えられました。

人にとって、どんなに難しいことであっても、必ずできることだから、

何年かかっても必ずできることだから・・・・」

そして、目の奥に涙を浮かべながら
渡辺和子先生はしめくくられました。

「平和は形だけのことでも、きれい事でもありません。

しかし、どんなにどろどろの人生、
どろどろの社会にあっても
人は必ず平和を見つける。

私たちのこころに本当の平和が根ざすときが必ず来る。

私はそう信じます。」

(上記は、私が当時聞いて覚えている記憶から書いており、
正確ではありませんことをお断りします。
当時取っていたノートは、あることで全て失ってしまい、
記録が残っていません。
しかし、渡辺先生の講話のこの部分は、
今もはっきり覚えているので、記憶をたどって書きました。)

講演後25年の時がたって

この講演をされて、25年以上が経過しました。
そのあいだ
私の上にもいろいろなことがありまして、
人をゆるすことの難しさも、
人にゆるしてもらうことの難しさも、
そして自分自身をゆるすことの難しさも
骨身にしみて経験いたしました。

そして25年たって、
ユーキャンから渡辺和子先生の最近のお話の録音が発売されたとき、
私は飛びつくように買いました。

その講話集の最終章で
渡辺先生は
人生で起こるすべてのこと、どんなに過酷なことにも、
感謝できる時が必ず来ることの確信を述べられ、

結びに

「父が殺されたこと、
それも目の前でむごたらしく殺されたこと、
そのことにも感謝できる気持ちになるまでに、
十何年も、いえ、何十年もかかりました。」
と締めくくられました。

渡辺先生は
25年以上前に宣言された生き方を
長い歳月の中で
確証されたんだなと思いました。

25年前にお話を聞いていたからこそ
込みあがってくる思いがありました。

ゆるしても 心の傷とPTSDの苦しみは続く

きっと渡辺和子先生は、
大好きなお父さんが目の前で
むごたらしく殺されていく姿に深い心の傷とショックを受け、
何年も、何十年も、
PTSD(心に傷を受けた後に精神にも身体にも現れる、
非常に苦しい多くの症状)
に苦しまれたのだと思います。

カトリックのシスターになっておられる渡辺先生は、
頭でも心でも、自分の心に傷をつけた加害者たちをゆるしておられたと思うのですが、

ゆるしと傷の症状は別です。

いや、カトリックのシスターであるからこそ、
「我らが人にゆるすごとく」というイエスの教えとは関係なく怪物のように襲いかかる、
過去の傷、過去の生々しい情景
(PTSDの過酷な症状で「フラッシュバック」といいます。
それはそれは本当に過酷で残酷な症状です。)
に苦しめられ、

「イエスの教えを受けているのに、人を許せない私自身を許せない!」
そして
時には自分をなきものにしてしまいたいという気持ちと葛藤しながら、
修道生活を続けてこられたのだろうと思います。

シスターとして修道生活を続けつつも、
うつ病を長年患い、
専門病棟の中で自分を責め続けられた日々のことも
講話集の中にありました。

人のこころに真実の赦しが根ざすとき、
本当の平和が訪れる

渡辺和子先生のこの確信は
どろどろの修道生活の中で、
本当のものになったんだなあ・・・・
私はそう感じました。

しかし、
いまでも正直言って私は感じてしまうのです。

ゆるすってことは何?
生きるってことは何?
進歩するってことは何?

自分自身の上にも襲いかかってくるこの問いに
時として耐えられなくなります。

そんな時、私は1冊の本に巡り会いました。

ルワンダの悲劇を生き抜いたイマーキュレーの言葉に思う

ルワンダ紛争を生き延びて

1994年に始まった、アフリカのルワンダという国での大量虐殺。

その中を生き延びられた
イマキュレー・イリバギザという女性の書かれた著書があります。
『ゆるしへの道』という本で、
この中でイマキュレーさんが語っておられる言葉に私は大きな衝撃と気づきをいただきました。


(イマキュレーさんの著書『ゆるしへの道』
写真引用:Amazon.com )

イマキュレーさんは、虐殺の恐怖に震えながら
何日間も狭い場所に隠れて生き延びました。

お母さんや兄弟、幼馴染の友達、多くの大切な人が、残虐な方法で殺戮されました。
そしてルワンダに平和が戻った後も苦しいPTSDにさいなまれ、
深い心の傷を受けました。

最も熾烈な苦しみは ゆるせない苦しみ

そんなイマキュレーさんが、手記の中で、こう書かれています。
「最大の奇跡は、神の本質に気づかされたこと、
そして、筆舌に尽くしがたい残虐な行為に及んだ人々をゆるす力を
神を通して得たことです。
(中略)
周りの人々を皆殺しにしていく殺人者たちをゆるせるようになることを願って、
「主の祈り」を何百回も唱えました。
でも、うまくいきませんでした。
「私たちも人をゆるします」の個所にくるたびに、口が渇きました。
これらの言葉を真に受け入れられず、唱えられませんでした。
ゆるせない苦しみは、
家族から離れている心痛より大きく、
また身を潜めていることによる身体的苦痛より堪えがたいものでした。」

このように語られるイマキュレーさん、
きっと「天にまします」の祈りの後半、
「私たちが人にゆるすように、私たちの罪をおゆるしください」
のフレーズに来た時には
体中が震え、時にはPTSDの症状で
ものすごく苦しい発作にさえ見舞われたのだと思います。

あの想像を絶する虐待と虐殺の被害を受けたイマキュレーさんにとって
イエスが教える「ゆるし」って何?
「愛」って何?
と何度も問いかけられたと思います。

人はすべて ゆるしに値すると気づいた日

そしてイマキュレーさんは、この激しい問いの中で苦しみ、苦しみぬいて、
こう語られました。

「何週間にもわたってひたすら祈り続けていたある夜、
神は来臨され、私の心に触れられました。
私たちは皆、神の子どもであり、ゆるしに値するのだということを、
私に悟らせてくださいました。
ルワンダを引き裂いた殺人者たちのように、残酷で邪悪なことを行った人々も
ゆるしに値するのです。
彼らは罰せられなければなりません。
でも同時にゆるされなければならないのです。」

被害者も、加害者も、神のゆるしの恵みに値すること。
このことを、涙に潤む目の向こうで感じられたのです。

刑務所の加害者と面会して

ルワンダの紛争が収まり、時がたって、破壊された街も少しずつ復興し
虐殺に参加した人々が刑務所で服役していました。
そんなある日
イマキュレーさんは、
お母さんと幼馴染を惨殺した加害者である、フェリシアンという男性に
刑務所まで面会に行きます。

そのときの心境をについて、イマキュレーさんはこう語られます。
「故郷の近くの刑務所まで、フェリシアンに会いに行きました。
母とダマシーン(幼馴染)に大鉈を振り下ろした男です。
殺人者となった多くの人がそうだったように、
フェリシアンの魂も混乱していました。
彼の心から闇が取り去られると、
後に残ったのは後悔と罪の意識だけでした。」

虐殺に参加していたころは、
自分が何をしているのかさえも気づかなかったのが
ふと我に返ったときに、
自分がやってしまったこと、
その取り返しのつかないことに、
きっとフェリシアンはこころが焼けただれるように苦しみ
自分を責め、
自分を赦すことができなかったことと思います。

イマキュレーさんは、フェリシアンと短い会話を交わしました。
この本には書かれていない、いや、表現できないんだと思いますが
イマキュレーさんは言葉では表せない感情がこみ上げたことだろうと思います。
渡辺和子先生が、お父さんのお墓の前で、
2.26事件の加害者の将校と出会った時も
言い表せない感情が込みあがってくるのを必死でこらえたといわれています。

イマキュレーさんはこう語っています。
「フェリシアンのいる刑務所でわたしは、
フェリシアンとわたしがそれぞれ殺人者、生存者として
同じ途上にあることを知りました。
この国が、ホロコーストによる辛苦、流血、苦痛を乗り越え、
立ち上がれたとして、
二人がまえに進むためには、
神のゆるしがもつ癒しの力をどちらも必要としていました。」

(上記引用:イマキュレー・イリバギザ著、原田洋子訳『ゆるしへの道 ルワンダ虐殺から射してくる ひとすじの光』女子パウロ会、2013年。 )

ゆるしとは、人智を超えている

2.26事件でお父さんを目前で惨殺された渡辺和子さんのお話、
そしてルワンダ紛争で愛する母や友だちを目前で虐殺されたイマキュレーさんのお話、

いずれも、テーマが重すぎて、私自身にも答えが出ません。

傷を受けた側の
人をゆるすことのできない熾烈な苦しみ、
人をゆるせても、受けた傷の痛みが続いていく苦しみ、
そして
傷つけた側も
ゆるされない苦しみ、
そして、法や相手にゆるされようとも、自分が自分をゆるせない苦しみ
こうした想像を絶する苦しみに向き合って
これに対して安易な言葉や議論では、
到底すませることはできません。

この記事で、気持ちよく結論がまとめられることは絶対にないでしょう。

戦争にせよ、事件にせよ、いや
日常でも誰かが誰かを傷つけ
誰かによって傷つけられることは、多くありすぎます。
悲しいですが、多くありすぎます。

刑事事件だけではなく、
いじめ、虐待、ハラスメント、DVなどによる苦しみは、
とても表現できるものではありません。

いじめのトラウマを持つ当事者でもあり、
ソーシャルワーカーとして相談援助をする立場として活動している私にとっても
それは見ていられないほどつらいです。

しかし、
この想像を絶する苦しみも
必ず癒されて行かなければならない、
その希望を私たちは捨ててはならないと思うのです。

どのようにして癒されていくのか、
どんなプロセスで癒されていくのかはわからなくても、
その希望を失ってはならないと思うのです。

渡辺和子先生のお話を聞いて、そしてイリバギザさんの本を読んで、
ゆるしとは、人の知恵を超えているのではないかと感じます。

神の愛は、私たち人間のイメージするものをはるかに超えていると感じます。

もし、私が誰かから傷つけられたとして、
神は私を無限に愛し、
そして同時に私を傷つけた人も無限に愛されているのです。
その愛のスケール、神の計らいの深さは、
私たち人間にとても想像できるものではありません。

答えはいまだに見つかりませんが
傷つけられた側も、傷つけた側も、
神の大いなる計り知れない愛のうちに
癒されていかなければなりません。

イリバギザさんの言われるとおりだと思います。

自分のいのちは、自分のもののように見えますが、
自分だけのものじゃない。

同時に
私を傷つけた人、
敵意を抱く人のいのちも
その人のもののように見えますが、
その人だけのものじゃない。

そのことを深く悟らせてください。
私は真剣にこう祈ります。

真の平和への希望を私たちは絶対に捨ててはならない

「平和」を論じるにあたり、これまで私は、
国際政治関係やパワーバランスなど様々な複雑な議論をしてきましたが、

人間は
もっと根本的な部分が進化しなければ、
何千年先も真の平和にたどり着けないと思います。

世界から核兵器がなくなっても
鉄砲や刀などさえなくなっても
何かの形で傷つけあいは起こり
平和は達成されないのではないか。

その平和への道は
こころの戦いだと思います。

思いも、言葉も、行いも、
私たちはゆるし、癒し、癒され、和解できなければならない。

これは
私たち一人一人の心の葛藤であり、
こころの熾烈な成長プロセスだと思います。

しかし、
このプロセスがいかに熾烈であっても
私たちは
真の平和に気づくときを
あきらめてはならない。

あきらめないから、
私たちはそれぞれ
音楽を奏で、
絵画を描き、
書を書き、
国際政治の場でも議論し、
学会で論文を発表し、
文学や映画作品を作り
ブログやSNSで情報発信し、
あるいはオリンピックなどでスポーツの交流をし、
貿易や交易をし、
あらゆる分野からいろいろな切り口で
アプローチしていくんだ。

世代を超えても。

そう強く思うのです。

オカリナ演奏「ロザリオの歌」をささげる

この記事によせて
私が演奏をささげたいのは

「ロザリオの歌」という聖歌です。
この歌は、
レデンプトール修道会の創始者である

聖アルフォンソ自らが作曲した歌で、

社会の中の困難にある人、

平和のない世界で苦しんでいる人すべての救いへの祈りを込めて

作曲されたといわれています。

本当に美しい祈りの歌で
この歌に込められた祈りを

平和への決してあきらめない誓いとして
渡辺和子先生のご尊父と
ルワンダで命失った多くの人々のために
祈りをささげたいと思います。

「ロザリオの歌」をオカリナで多重奏した動画です。