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私たちの心の背中には、真っ白い翼があることをご存知ですか?この翼で、「自由」という空に飛べることをご存知ですか? でも、私たちのほとんどは、自分でこの翼のことをあえて忘れ、くしゃくしゃに折りたたんで隠しているのです。でも、気づきさえすれば私たちは、この自由の翼を広げて空に飛びあがれるんです。自分の人生を自分の翼で伸び伸びと生きて行けるのです。信じさえすれば。以前書いた詩があり、その詩の気持ちを即興演奏して作った動画があります。

もしかしたら、海底にもフェニックスがいるのではないかと直感して吹いた演奏です。

つばさよ つばさ(詩:星咲繁博)

  つばさよ つばさ

つばさよつばさ
取り戻せ
きみの姿を

つばさよつばさ
ぼくの背中で傷ついた
このびしょ濡れの羽を
ゆっくり広げよう

日が昇る時
やがて君の羽は乾き
白い姿を取り戻す

つばさよつばさ
さあ取り戻せ
きみの光を
悲しみの中で忘れていた
きみのまぶしい瞳を
ゆっくり思い出そう

月が昇る時
やがてきみの羽は広がり
優しいきらめきを取り戻す

つばさよつばさ
さあ思い出そう
きみの笑顔を
暗闇の中で凍えていた
きみの温かい微笑みを
ゆっくり思い出そう

つばさよつばさ
もう忘れない
ぼくの背中で羽ばたく
きみの光を
きみの力を
ぼくはもう忘れない

だから
羽ばたこう
光の中を
ぼくと一緒に

無意識に封じ込めた心の翼を伸ばして

人は本来、
安心して生きること
自由な気持ちを持ち、自由な気持ちを表現する事
自信を持ち、将来に向けて夢と希望を持つこと
そういう人権をもって生まれてきます。

しかし、多くの場合、競争社会の中で自信を無くし、
いじめやハラスメントが絶えない世の中で疲れ果て、
くじけ、
自分の心にふたをしてしまう。

私もそうでした。
長い間、自分の心の中に閉じ込めていた、
自由な感情、
自信、
未来への希望と夢。

これを閉じ込めていたんです。
「夢や希望なんて、そんな綺麗ごと思ってはいけない」と、
自分自身が閉じ込めていたわけです。

年が小さいころは「まだはやい」と言われ
最近は「もう遅い」「もう歳だ」といわれ
自分で「そうか、もう歳なのか」とマイナスの感情を信じ込んでしまう。

例えて言うなら
自分の本来の心には、真っ白でみずみずしい翼があるのに
その翼を傷つけられ、また自分で傷つけ、
やがて自分でくしゃくしゃに丸めて背中の奥にしまってしまうのです。

しかし、
ふとしたことで気づくことがあります。
自分自身の背中にあるくしゃくしゃに丸まった翼を。

この翼をだれがボロボロにし、隠してしまったのでしょう?
心ない大人の、自信や夢を砕く言葉だったのかもしれません。
自由な感情を押し殺せという、社会からのシグナルかもしれません。
能力を発揮できない人を見捨てる社会のシステムだったのかもしれません。

そしていつしかこの偽りのシグナルを信じ込み
自分自身が翼をくしゃくしゃに丸めて背中の奥に隠してしまう。
そしていつしか、この大きな翼のことを
すっかり忘れてしまう。

でも
ふとしたことで
目覚めの朝を迎えます。

それはだれかの何気ない言葉かもしれない。
音楽かもしれない。
絵画かもしれない。

ずっとやりたかったことを思い出す一瞬かもしれません。

なにかのことで
ふと自分の心の奥に畳み込んだ翼があることを
思い出す時があります。

目覚めの朝、
背中の奥に畳み込んだ翼を思い出し、
ゆっくりのばします。
背中でくしゃくしゃに丸まった翼を。
そしてゆっくりひろげます。
そしてゆっくり羽ばたきます。

はじめは優しく、はじめはそっと
そして少しずつ強く
そして強く、強く、もっと強く
無限に強く
自分自身の翼で飛び立つ時が来ます。

その時は
年齢には関係ありません。
「もう歳だから」と言う必要はありません。

その気づきの時を迎えた時が
自由に羽ばたくときです。

何歳であっても、
失敗続きであきらめかけていたとしても

自分自身の中にある素晴らしい翼を信じて
まっすぐに羽ばたいていこう。
それができると思うんです。

そんな気持ちを込めて即興演奏したのがこの動画
「神代の不死鳥」です。
きっと私たちの心の海底には
不死鳥がいて
羽ばたき上がるときを待っているのです。