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ヒメジョオン、それは、小さな白い花を咲かせます。生命力が強く、風に乗って種が運ばれ、どんな場所にも根付きます。空き地や草むらによく見かける花で、よく茂り、草刈りで刈られる対象であり、雑草と呼ばれていますが、私は雑草のこの花がこの上なく好きです。

ヒメジョオンの誇り

空き地にしげるヒメジョオン
多くの人は君を雑草と呼ぶ
草刈りの日にはいつも刈り取られ、
また生えては刈り取られてきた。

いつしかきみは
私は雑草だ
私なんか生えてこなったら良かったと
思うようになっていった。
また私は刈り取られるだろう
私はいらない草だから・・・・

でもヒメジョオン
どうか気がついてほしい
しらずしらずのうちに
君の先っぽに小さなつぼみができている事を
誰が世話したのだろう
だれが育てたのだろうか
その事にも気付かないうちにつぼみはきれいに花開き
きみは真っ白い花を咲かせました

君が気づかないうちに
君に咲いた白い花は
小さな子供に夢を運び
道を通るおばあさんに微笑みを運び
独りぼっちの中学生の心を癒していた

君は何にもしていないと思うかもしれない
でも
きみがここにいてくれて
ここに咲いてくれている事で
どれだけの人の心が
救われているのだろうか
ヒメジョオンよ
どうか気付いてほしい

君はいらない草じゃない
君は「雑草」と呼ばれるけれど
雑草というのは「邪魔な草」という意味じゃない。
雑草という言葉の意味は
誰にも育てられていなくても
お空の太陽と雨が君を癒し
天の神様が君を育てて下さっているという意味なんだよ

だからヒメジョオン
どうか自分を大切にして
これからも真っ白い花をいっぱい咲かせておくれ

ゴスペル「野に咲くゆりの花は」と「ごらんよそらの鳥」

この詩に最もマッチしたゴスペルに
「野に咲く百合の花」と「ごらんよそらの鳥」という歌があります。

子ども会、教会学校、青年会などでよく愛唱されている、
青少年のための聖歌です。

「野に咲く百合の花」は
マタイの福音書6章の言葉からとられた歌ですが、
オカリナで演奏しました。
演奏のYoutube動画です↓

また、聖歌「ごらんよそらの鳥」は、
昨年、神戸と南大阪のオカリナフェスタで私が演奏した歌ですが
「野に咲くゆりの花は」と同じ福音から作られた歌です。

「ごらんよそらの鳥」の私の演奏はこちらのYoutube動画です。↓

「ごらんよそらの鳥」が長調で明るく爽やかで
「野に咲く百合の花」は短調でほのぼのしたイメージですね。

両方、聖書の同じ福音からです。

「明日のことは思い悩むな」マタイの福音書に見る癒しの言葉

マタイによる福音書 第6章 25節から34節にあるこのお話、
イエスが弟子に話されたお話です。

以下にご紹介します

「だから、言っておく。
自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、
また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。
命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。

:空の鳥をよく見なさい。
種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。
だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。
あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。
:あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、
寿命をわずかでも延ばすことができようか。

なぜ、衣服のことで思い悩むのか。
野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。
働きもせず、紡ぎもしない。
しかし、言っておく。
栄華を極めたソロモンでさえ、
この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。
今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、
神はこのように装ってくださる。
まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、
信仰の薄い者たちよ。

だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、
思い悩むな。
それはみな、異邦人が切に求めているものだ。
あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。
何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。
そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。
だから、明日のことまで思い悩むな。
明日のことは明日自らが思い悩む。
その日の苦労は、その日だけで十分である。」
(引用:新共同訳聖書 マタイ 6:25‐34)

というお話です。
少しむずかしいですね。

今どきの言葉でいうと、こういうことだと思うんです。

「空を見上げてごらん
可愛い小鳥が飛んでる。
小鳥たちは自分で種まきや刈り入れとかをしないけれど
天のお恵みで養ってもらってるんだよ。

ほら、足もとを見てごらん
空き地に白いゆりの花が咲いてる。
このお花がどうして育つんだろうか?
お花は自分で動けなくても
天のお恵みをいっぱい受けて
白くきれいに着飾っている。
王様の豪華な着物よりも、もっとステキだね。

小鳥もお花も
だれに世話をしてもらっているわけじゃないけど、
天のお恵みをいっぱいもらって
今をいっぱい楽しんでいるんだよ。

だから、だから私たちも
あすこことや、きのうのことを
悩んだり怖がったりするのは
やめようよ。

きっと
気づかなかったお恵みが
いつも私たちに注いでいることに気が付いて
ありがとうって思えるときがあるよ。」

こういうことだと思うんです。