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落ち込んだとき、よく「笑って」と言われます。でも、自己啓発本に書かれたことや、周囲の励ましに疲れ果てませんか? 忙しい日常生活や職場の中で、期待され、あるいは、叱責され、あるいは励まされ、自分に無理してませんか?「笑顔で」「プラス思考で」と言われてもしんどいときが確かにありますね。そんなとき、わたしは、心に無理な負担をかけないほうがいいと思うのですが、いかがでしょうか。
以前に書いた詩があります。

また、詩と一緒に吹いたわけではありませんが、ずっと後になって動画を作ってみて
以前に書いた詩にマッチしていると感じた演奏があります。
「野に咲くゆりの花は」というゴスペルです。
オカリナ演奏をしました。
https://youtu.be/4q1ydGbvSX

そのままでいようよ(詩 星咲繁博)

そのままでいようよ

笑うことができないときは
そのままですごそうよ
ぼくは 笑ってと言わないよ

きみがいてくれるこの窓辺に
飛ぶことに疲れた雀がとまるでしょう。

そんなときも笑ってとぼくは言わないよ
雀は ここにいてくれるきみに 癒されて
また空に羽ばたくでしょう。

そして新しく羽ばたいた その雀が
きみの心の窓辺にとまる。

そんなとき きみは
雀のそばにそっといてくれるだけでいい。

また来てくれた その雀が
かわいいいたずらをしてくれる。

きみはささやかなほほえみをもらって
少しずつ楽しくなるから。

涙がながれなくても
笑顔を見せられなくても
そんな時はいつまでも続かないよ。

だから無理せずに
そのままでいればいいよ。

きみのままでいればいい。

でも きみの心に悲しみの雨が降るときは、
涙を流したくなるなるかもしれない。

涙が流れてきたら
思いっきり涙を流そうよ。

ぼくは 泣かないでと言わないよ。

きみが流した涙は
きみの足元でしおれている名もない草に落ちるでしょう。

だから泣かないでとはぼくは言わないよ。
やがて草は きみが流してくれた涙で 潤され、
真っ白い花を咲かせるでしょう。

そんなときとき きみは
花のそばにそっといてくれるだけでいい。

新しく咲いた その花が
きみの涙を拭いてくれる。

だから泣きたいときは泣けばいい。

きみはささやかな勇気をもらって
ゆっくりと歩き出せるから。

きっと歩き出せるから。

「笑顔の法則」が通用しない時もあるんだ

落ち込んでいるとき、
何をするにもマイナスばかり考えてしまうとき、
よく、
「明るくしましょう」とか、
「笑顔を大切に」
と言われませんか?

あるいは
よく、「プラス思考でいきましょう」と言われませんか?

自己啓発の教材でも
このことがよく書かれていて、
「笑顔は笑顔を呼ぶ」
「プラス思考はプラスの結果を呼ぶ」

とか説かれていますよね。

コップの水の法則なんか、有名です。

同じ現象を見ても
それをマイナスに解釈するか、プラスに解釈するかで
その後の行動や結果が違ってくるということですね。
「コップに半分しか水がない」と思うマイナス思考を持たずに
「コップにまだ水が半分もある」というプラス思考を持ちましょう」
という説法がそうです。

もちろん、これが効果的な人は、笑顔でプラス思考でいきましょう。

でも・・・

時として
笑顔になれない時もある。
プラス思考って言われても、
そんなのできない時だってありますよね。

しんどいですよね。

だから、
一般的な自己啓発本に書いてあるの助言や、
一般的に人がアドバイスする事には、
マッチしないことがあるということです。

私たちはいろいろだし、
いろいろな時があるということです。

今の自分でOK

しんどいときは
無理をしないほうがいいと思います。

笑顔なんかになれなかったら、
ならなくていいんです。

大切なのは
今ここにいる自分に
そっとしてあげることじゃないのか。

どんな慰めも、励ましも通用しない時がある。
「ガンバレ」と言われたら

「もうこれだけ頑張ってぺしゃんこになってるのに
これ以上がんばれというの?」と
心で叫びたい時だってある。

そのままでいいんです。
空き地に咲くゆりの花は
自然に、そのままで、咲いているんです。

福音の中で語られる「空の鳥、野のユリ」の話

自分に叱咤せず、無理にプラスにならず、
そのままでいいということ、
聖書の福音にも見つけました。
これは
イエスが弟子にされたお話の一節です。
イエスは散歩しながら、こうお話されました。

「空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。
だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。
あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。
あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、
寿命をわずかでも延ばすことができようか。

野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。
働きもせず、紡ぎもしない。
しかし、言っておく。
栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。
今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、
神はこのように装ってくださる。
まして、あなたがたにはなおさらのことではないか」
(新共同訳聖書 マタイ福音書6章の26節から30節より引用)

この福音の話は、
子どものころよく読みましたが、
大人になってからも、しばしば、自分の指針になっています。

ゴスペル「野に咲く百合の花」(オカリナ二重奏)

この聖書の中の福音、
実は歌になっています。

子どものためのゴスペル「野に咲く百合の花」という歌です。

この歌、よく子供の時歌ったり吹いたりしましたが、
大人になってからは、日曜学校や、
子どものためのサマーキャンプなどで
先生としてみんなに吹いてあげたりもしました。

きれいな曲です。

私たちも 空の鳥、野のゆりの花のように
天然に生きて行きたいですね。

オカリナは、板東さんの作品 颯オカリナのソプラノGとアルトGでデュエットしました。

子どものゴスペル「野に咲く百合の花」 オカリナ二重奏