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「古代くまその笛」縄文時代をイメージしたこの土笛の音色は本当に優しく、愛に満ちた不思議な音色です。この笛を初めて吹いて、私の悲しみをそのまま受け止めてくれる笛だと感じました。それは、幼くして亡くなった子どもたちを思い祈り続けてきた悲しみでした。この笛に私の気持ちをぶつけようと思いました。それで即興演奏しました。

詩「幼子のためのレクイエム」

さんたまりあ
いのりたまえ
この子のために
いのりたまえ

幼いまま天国に召されていった
この子を抱きしめたまえ
もうさみしくないよ
もう心配いらないよって

この子を抱きしめて
なでてあげてください

あなたの胸の中で
この子が安心して
わっと泣き出したら
思いっきり泣かせてあげてください

サンタマリアはこの子をなでて
こう言われます。

もう
痛くないよ
もう
苦しくないよ

天国では
神様がいつも一緒だからね
離れることはないからね
もう迷子なんかにならないからね

もう
おなかがすくこともないし
もう
こわいひとなんていないよ
いじわるなひともいないよ
もう
寒くないよ

神様がいつも守ってくださるからね

さんたまりあの優しい言葉に
この子は安心して笑顔を取り戻す。

そしてこの子のそばで泣いている人たちに
こう語りかけるんだ。

みんな
ぼくのために泣かないで。

ぼくはいつも一緒だよ。
神様がみんなと一緒にいつもいるんだからね
ぼくも一緒にいるよ。

いつまでもいつまでも
一緒だからね。

天国はここにあるんだよ。
天国には、神社もお寺も教会もないんだよ。
どこにいても いつでも
神様がずっと一緒だからね。

神様の胸の中で
いつまでもいつまでも
やさしいきもちで
うれしいきもちでいられるからね

泣かないで
ぼくのために泣かないで

幼いまま天に召されていった
いにしえの魂 そしてすべての現代の魂のために吹く。
祈りのうちに。

古代「くまその笛」を初めて吹いて

この詩と一緒にメロディーを作って吹いた笛が
「古代くまそ笛」です。

オカリナと同じく土笛です。

「古代くまそ笛」
縄文時代のオウムガイの楽器をイメージして作られたこの笛
本当に不思議な音色がします。

最近、この笛の作家 高場俊郎先生とご縁がありました。
「古代くまそ笛」の音色を聴いて
何か、目に見えない何かが、らせんを描いて回っているように感じました。
その、天地の「気」が回るように響く音色に魅了されて
私も入手し、演奏を始めました。

素朴な中にも、祈りがこもった音が響きます。

私の手元に届いたのは
この「古代くまその笛」のアルトGでした。

オカリナと同じ土の笛なのですが
オウムガイの形をした笛で、
何とも神秘的な響きがあるのです。

古代「くまその笛」のルーツ

この「古代くまその笛」を制作したのは
熊本県人吉市に工房を持っておられる
高場俊郎先生です。

高場先生は神々とみほとけの働きを日常から感じられていて、
音が人の心に与える「気」(音霊)についてよく感じながら
オカリナや土笛を作っておられます。
窯にに入れて焼く前には、必ずお清めをされています。
このように、祈りを込めて作られた作品だから、
吹く私も自然に祈りをしています。

高場先生によれば、この「くまその笛」は
古代の縄文時代に、「くまそ国」(現在の九州中南部地方)で吹かれていた笛を
現代に再現させた作品です。
ただ、正確に言えば史実に基づいて再現したのではなく、
高場さんのイメージの中に「おり」てきた形を土から作られたそうです。

ヤマトに征服される前のクマソの国
そこで人々と自然が調和して暮らしていた
平和で美しい時代に思いをはせて作られたそうです。

この笛を吹くとき、
自然に手が合掌しています。
祈りながら吹くのです。

くまその笛と切支丹のメロディー

この笛を手にして初めて吹いてみて
その癒しの波動に私は心を奪われました。

そこでまずイメージしたのが
キリシタンが歌っていたメロディーでした

切支丹の時代に歌われていた祈りの調べを吹けないものか

この笛を手にしたとき、ひたすら思ったのです。
なぜそう思ったのかは自分でもわかりません。

私の魂がそうさせたのかもしれません。

この笛の響きは
いにしえの切支丹がひたすら祈る、
素朴で純粋な祈りに通じていたんです。

そこでまず
詩を作りました。

幼くして亡くなった子どもの魂をきよめる
マリア様への祈りです。

涙が流れました。
なぜだかわかりません。

この笛の持つ何かの響きが
私の心にものすごく響いたのです。

「さんた・まりあへの祈り~幼子のための鎮魂歌(レクイエム)」を古代くまそ笛で吹く

くまその笛を手にして
合掌した手の形で吹きながら

聖マリアに祈りました。

マリアは一人子を亡くされたのです。
天国にいるマリアなら
子どもを亡くしてしまった親の気持ちも
親から別れて、未知の国、死後の世界に旅立っていく
幼子の気持ちも

心からわかってくれると感じました。

そして感じるままに吹いた演奏がこの演奏です。

泣きながら吹きました。

こうして、古代くまその笛を初めて吹いたのですが、
記事冒頭であげた詩が思い浮かび、
同時に即興で「おり」てきた音調が
戦国時代のグレゴリオ聖歌の調べだったんです。

この即興演奏の中で
幼くして亡くなったすべての子ども
病気や戦争や貧困の中で
短いいのちを終えた、世界中の、そして全時代の
すべての子どものための祈りを込めました。

祈りが、時を超えて、
いにしえから現代まで届くようにとの思いを込め、
即興演奏しました。

構成は簡単です。
ラテン語の歌詞で

Sancta Maria(聖マリアよ)
ora pro nobis(私たちのためにお祈りください)
を繰り返し歌うというものです。

途中、さびの部分には
mater Dei, Maria(神の母マリアよ)
nunc, et in hora mortis(いまも、このいのち終わるときも)
ora pro nobis(私たちのためにお祈りください)

というフレーズを入れていますが

おおむね全体的に
「さんたまりあ
おらぷろのーびす」

で構成しています。

きっと
切支丹の時代も
宣教師が原語でもたらした西洋の言葉とメロディーを
日本に古くからしみわたっている哀愁の調律に乗せて
ひたむきに歌われていたのでしょう。

どうか、
この音色が
幼くしてこの世を去った魂のために
きよめと
やすらぎを
天の国へ運んでいきますようにと

祈りを込めました。。

私の即興演奏の動画
古代くまその笛で吹く「さんたまりあへの祈り」はこちらです↓