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船乗りだったころ、スエズ運河に入る前にエジプトのアレキサンドリアに入港し、現地の人のお宅に初めて訪問しました。言葉も通じない中で、歌と音楽で交流し、私はポケットからオカリナを出して、ゴスペル「ごらんよそらの鳥」を吹きました。アレキサンドリアで出会った人、訪問したお宅から、生涯の宝物をいただきました。この記事ではその時のお話をします。

「ごらんよそらの鳥」オカリナで三重奏した動画です。

アレキサンドリアに入港する

以前船舶に乗っていたころ、エジプトのアレキサンドリアに寄港したことがあります。

イタリアののラスペツィアを出港してから

地中海を横断して、スエズ運河を通って太平洋に抜ける前に
アレキサンドリアに入港しました。

アレキサンドリアはエジプト第2の都市で、
イスラームのマルクーク王朝時代に建てられたカーイト・ベイ要塞などの
歴史的な美しい建造物も残っている、海辺の街です。

イスラーム時代の遺跡や
古代エジプト時代の遺跡、
カタコンベ(地下墓地)など
世界史に興味ある人にとっては見所が多く、

たった2日の寄港日だけでは見て回り切れないのですが、

この貴重な二日間を使って私がオカリナをポケットに行ったところは
ちょっと趣向の違う場所でした。

アレキサンドリアのコプト正教会を訪れて

アレキサンドリアに入港して
多くの仲間は現地観光などに出発する中、
私は別行動をとりました。

上陸後、私は現地のカトリックのシスターに案内してもらって、
コプト正教会の聖堂に礼拝訪問しました。

「コプト正教会」とは、

紀元42年ごろ、聖マルコがエジプトのアレキサンドリアに渡って、
キリストの教えを伝えたのが始まりと伝えられており、
とても敬虔なキリスト教の教会です。

聖堂は、
とても美しい、荘厳な雰囲気が漂っていました。
私はコプト教徒ではありませんが、クリスチャンなので
聖堂の中に入って礼拝することが許されました。


(アレキサンドリア コプト正教 聖マルコ大聖堂 引用:ウィキペディア)

聖堂の地下には
海を渡る聖マルコの油彩画が飾られており
素晴らしい芸術でした。

しかしこれだけでは、生涯心に残る思い出にはなりません。

・・・
というのは、シスターのご案内で、コプト教徒の人々のお宅を訪問したのです。

エジプト国内にはコプト教徒の人はわずか少数です。(1割程度です)
ほとんどの人がイスラームです。
しかし、
エジプト政府は信教の自由を保障しているので
コプトの人々も原則的には差別や迫害されることはありません。

しかし、実際には、暮らし向きは非常に貧しく
社会の中で様々な困難を抱えて生活していることがひしひしと感じられました。

私が案内してもらったお宅も
そんなとても貧しい家庭でした。

コプト信徒のお宅でオカリナを吹く

訪れたところは
トタン板やうすいブリキの板で作ったような
粗末な住居に何人もの人が住んでいました。

住居と住居の間は狭く
非常に狭い隘路にたくさんの住居が並んでいました。

当時、「スラム街」という言葉がありましたが、
そのような街を連想させる風景でした。

訪問したお宅は、
4畳ほどの小さな部屋一部屋でした。

そこには子どもたちを含む8人ほどが暮らしており、
雑然としたところでした。

狭い空間に大勢の家族、そしてイヌとネコとニワトリが
仲良く明るく暮らしていました。

日本では考えられない生活空間です。

私は、日本語の大阪弁と、東京弁と、英語しか話せないのですが
現地の人は英語が話せません。
もちろん、言葉も通じませんでした。

しかし、笑顔はよく通じます。
子どもたちが目をキラキラ輝かせて
部屋の上を指差しまた。

指差した場所
そこは
雑然とした部屋なのに
そこだけ美しく飾られ、
そこにはイエス・キリストの額が掛けられていました。

みんなは手を合わせました。
私も一緒に手を合せました。

とにかく言葉が通じないのでどうしたらいいか分からず、
私はポケットからオカリナを取り出して、
日本のうたといえば…と思い「ふるさと」を吹きました。


(いつもポケットに入れて持ち歩いていた プリマ マエストロ ピッコロC)

そうしたら、子どもたちは歌を歌ってくれました。
言葉も全くわからない歌でしたが、
みんな目がきらきら輝き、
はつらつと歌っていました。

あとから、案内してくれたシスターから聞きましたが、
歌の内容は
「イエス様がいるから何も怖くない、
イエス様がいるからどんな時でも勇気が持てる」
という内容でした。

私もお返しに、
オカリナで
フォークソングのゴスペルを何曲か吹き、
音楽で交流しました。

なかでも、「ごらんよそらの鳥」にはものすごく気に入ってもらい、
メロディーをハミングする子供もいました。

(「ごらんよそらの鳥」オカリナで三重奏した動画です。)

音楽はいいですね。
言葉などいりません。

音楽と笑顔と手拍子で、
お互いにうれしい気持ちになれました。

みんなで写真を撮ろうと思ってカメラを出したら、
みんな珍しそうに見ていました。

ここにはカメラはなく、
見たこともなかったそうです。

帰ったら写真を送るからと約束しました。

貧しくても明るく豊かな心でいたい

この体験を通じ、
私は見たこともないものを見た気になりました。

こんなに貧しくて、
「つらそうだ」と私が感じる住居街で、
みんなは「つらそう」に見えない。

光っている何かがありました。

私にもないし、日本ではなかなか出合えなかった何かが。

心が明るく豊かなのです。
みんな、生きていることに誇りを持っています。
ほんとうに
「生きるってことは、愛だよ。」というのは
まさにあの光景でした。

私は、もし家庭を持つならばこんな家庭を持ちたい、
持ち物がたとえ貧しくても
こんな心に富んだ家庭を持ちたいと強く思いました。

あれから何年たったでしょうか。
あの時見たものを、今も忘れられません。

オカリナが運んでくれたいろいろな友情、
いろいろな交流は
数知れません。

でもこれは
オカリナだけのことではないと思います。

私は、オカリナが好きだったから、オカリナが大活躍してくれました。

ギターが好きな人、
歌が好きな人
音楽でなくてもいい。
野球が好きな人
料理が好きな人、

なんでも
好きなことを好きなようにやる中で
国境も言葉も超えた何かが通じるはずです。

きっと
世界中の人が
心通じて
仲良く、楽しくなれる。

私は
今になっても
信じ続けています。