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グノーのアヴェ・マリア。シューベルトとカッチーニに並ぶ三大アヴェ・マリアの一つとして親しまれている美しい曲です。先日の投稿で、ソプラノ歌手青野浩美さんが歌ったこの曲で涙が止まらなかったとお伝えしましたが、この曲をオカリナで二重奏にしました。
曲を紹介するにあたり、このアヴェ・マリアのもとになったマリアの物語をぜひ知っていただきたく、この記事を書きました。演奏をされる方にとってもこれは有益で、マリアの話を理解し、また心で感じることで、アヴェ・マリアを演奏したり歌ったりするときに、音の羽ばたきと深みが出ると思うのです。

グノーのアベマリア、演奏動画はこちらです。

聖歌「アヴェ・マリア」の物語

歌詞になっている「アヴェ・マリア(天使祝詞)」の祈り

世界でも多くの作曲家が作曲している「アヴェ・マリア」

この曲の歌詞は、
「天使祝詞」という祈りの言葉から成っています

「恵みあふれる聖マリア
主はあなたとともにおられます。
主はあなたを祝福し
ご胎内のおん子イエスも祝福されています。

神の母マリアよ
罪深い私たちのために
今も、死を迎えるときも
神にお祈りください」

この祈りが、ラテン語、ドイツ語など様々な言葉で
美しいメロディーとともに歌われます。

大天使ガブリエルからの受胎告知

この祈りの前半の言葉は
聖母マリアへの「受胎告知」と言われる場面です。

今から2000年以上前のユダヤ地方。
そこに、ヨアキムの娘で、マリアという
とても純情で優しい女の子がいました。

マリアは、ヨセフという大工さんと近いうちに結婚することになっていました。

そんななかである日
大天使ガブリエルが、まだ乙女のマリアのところに現れました。

天使ガブリエルはこう告げ知らせます。
「恵みあふれるマリアよ、主があなたとともにおられます」と。

まだ結婚を前にしている
乙女のマリアのおなかの中に
神から直接授かった赤ちゃんがいるというのです。

 

このお告げを聴いて、マリアは
大天使ガブリエルにこう伝えたのです。

「はい。
私は主のはしためです。
み言葉のとおりになりますように」と

そして、いいなづけのヨセフの夢にも天使が現れ、
マリアの身の上に起こったことを伝えたといいます。
ヨセフも、天使のこの言葉を信じ
マリアとの純潔を生涯貫きながら、
イエスとマリアの保護者として、家族を守っていったそうです。

マリアの決心の中の3つの徳

このマリアが答えた「はい」は大きな意味を持っています。

どんなことがあっても、
この子を愛しぬいて、この子を信じぬいて、この子とともに生きて行く
といいうことの、まっすぐな誓いだったんです。

というのは
イエスはマリアのおなかから生まれて
貧しい生活の中で大きくなって
時代を超えて語り継がれる愛を教えただけではなく、
十字架につけられてマリアの目の前で残酷な姿で死んでしまう
そして3日後に復活を遂げる
というすべてのことを
マリアは受け入れていくことになるのです。

この、
マリアがガブリエルに答えた言葉
「はい。
私は、主のはしためです。
み言葉のとおりになりますように」
という短いセリフの中には、

マリアの3つの徳があると語られています。

それは
従順
謙遜
信仰

の徳です。

「はい。」
この「はい」は、
どんなことがあろうとも、どんなことが起ころうとも
すべてを受け入れて神に従うという、神への純粋で従順な心からのものでした。

 

「私は主のはしためです」
神の大いなる力の前には、人間の思考や力は決して及ぶものではないということを
マリアは心の奥から知っていて
神の愛は、人間にはかり知ることができないほど
大きなものであるということを知っていました。
だから、自らのことを、神の前ではとるに足らないもの、
「はしため」ですと答えました。

 

「み言葉のとおりになりますように」
「み言葉」とは、大天使ガブリエルが使者として伝えに来た
神からの言葉であり、また、旧約聖書の中で預言されている数々の神からの言葉でした。
この言葉を、マリアは疑うことなく信じていたということの表れです。
そのみ言葉には
人は決して希望を失ってはならない、
神を信じること。
どんなことが起こっても、信じぬくこと、
神は人に対して必ず善きことをされるということがありました。

 

マリアはその後の人生の中で起こる数々の出来事の中でも、
信じることを曲げることなく
無条件で、まっすぐに神の言葉を信じました。
希望を捨てることは決してありませんでした。

このように
マリアの短いセリフ
「はい、
私は主のはしためです
み言葉のとおりになりますように」
には

こうした3つの壮大なストーリーがあったのです。

 

イエスの受胎と誕生の不思議

このように、
大天使ガブリエルが出現したあと、

乙女であるマリアの胎内には本当に赤ちゃんが宿り
自然科学では説明のつかない不思議なことが起こってくるのです。

だれに説明しても理解してもらえない出来事。
当然、「結婚前の娘が、どこかの男と関係を持った」と責められ、
村でいじめられ、そして「石打」という死罪になりかねない出来事でした。

このことについて、
マリアと結婚する予定であったヨゼフは大いに悩みましたが
ヨゼフの夢の中にも天使が現れ、
マリアの身の上に起こったことを告げます。
そしてヨゼフは、この天使のお告げを信じ、
これから、
マリアを守り、潔白な関係を保ち
生涯、ともに生きて行こうと決心するのです。

こうしてマリアは、おなかの中に神の子を宿しながら、
ヨゼフとの結婚式をあげます。

マリアの胎内の子供も順調に大きくなってきたころ、
国から戸籍調査の命令が出て、
国民はみな生まれ故郷の地に戻るようにと言い渡され、
ヨゼフは生まれ故郷の地に行かなければならなくなりました。
遠く離れた地で、何日間も旅をしなければなりません
マリアは、ヨゼフと一緒に旅をすることにしました。

 

その旅のさなか、
ベツレヘムという町にさしかかったころ
もう夜になろうとしている中で、マリアは産気づいてきました。
緊急です。
ヨゼフは宿屋を探しましたが、どこの宿屋も満員で
断られました。

そして、ある心ある宿屋の主人が、馬屋なら泊まっていいと言ってくれたので
町はずれの馬屋に泊まることにしました。

イエスはその馬小屋で生まれました。
旅のさなか、
貧しい馬小屋で生まれ、
飼馬桶に寝かされたといわれています。

「クリスマス」の話です。

 

こんな不安の中の出産のときでさえ、
マリアは
不安がることなく、
心配することなく、
まっすぐ神を信頼して
こう祈りました。
「はい。
私は主のはしためです。
み言葉のとおりになりますように。

多くの困難の中でも祈りぬいて

イエスを生んでからも
人生順調にはいきませんでした。

神の子を産んだんだから
祝福に満たされて、豪邸に住んで当然だと私は個人的に感じますが、
そういうわけにはいかなかったのです。

「神は、最も小さな人々の中に生まれ
最も小さな人として生まれた」
といわれるとおり
神の子は、貧しい姿で、貧しい人々の中に生まれ、
どんな人々も愛されているということを、
自分の姿であらわしたといわれます。

マリアを待ち受けていた想像を絶する苦しみ
わかりますか?

もちろん、大工ヨセフは決して裕福な人ではなく、
日々の労働の中でやりくりしながら、生計を立てていましたので
貧しくつつましい暮らしをしていました。

それだけではなく、
マリアは、イエスの成人後
その残酷な死に立ち会うという
ものすごい苦しみに直面することになるのです。

親より先に子供が亡くなることほどつらいことはありません。
しかも
「十字架」という最も惨たらしい殺され方で。
想像してください、愛する息子や娘が、目の前で引き裂かれて死んでいくことを。
耐えられますか?

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マリアの身の上に起こったこの出来事は
私がもし親なら耐えられないでしょう。気が変になるでしょう。

愛する息子イエスが捕らえられ、
鞭うたれ、血みどろになり、そして死刑囚になりました。

その一部始終、マリアはイエスのそばにいて見守りました。
もしできるのならこの自分が代わりたいと
さぞ思っていたことでしょう。
しかし、感情ではそう感じても
マリアはイエスの言葉(神からの言葉)を信じます。
「人の子は(イエスのこと)、十字架にかけられて死に、三日後に復活する」

そしてイエスは、十字架にかけられ、
そして「成し遂げられた」という言葉とともに
イエスは息を引き取ります。

 

十字架から降ろされた傷だらけのイエスを抱いて
マリアはどれほど泣いたでしょう。
泣き叫んだでしょう。
しかしマリアは、
うるむ涙の奥で
震える手を合わせながら

「はい。
み言葉のとおりになりますように」

そうです、うるむ涙の奥で
震える手を合わせながら
「はい、
み言葉のとおりになりますように」と
祈りを貫いたのです。

この祈りにはその後の展開があります。

そうです。

復活(Revival)。
イエスは、聖書にも預言され、自らも話していたとおり、
息を引き取ってから3日後に
復活します。

 

マリアのもとにも現れた、復活したイエス。
その復活したイエスの姿を見た時は、
マリアはどんなに感謝の涙を流したことでしょう。
信じて、信じて、信じぬいたこと、
どんなに喜びだったんでしょう。

マリアは、どんな時も、神の愛を信じて、信じ通しました。

「アベマリア」の曲には
実はこうした一連の物語と背景がありました。

こうしたストーリーを理解することで
「アベマリア」を演奏する方は
音楽演奏に深みが出てくるのではないかと思います。

グノー(Gounod)作曲 アヴェ・マリアの話

それでは、曲のことにお話を戻します。
「グノーのアヴェ・マリア」と言われる曲は、
正式には「グノー/バッハのアヴェマリア」であり
J,S.バッハの「平均律クラヴィーア曲集」第1巻の第1曲「前奏曲」を伴奏にして、
フランスの作曲家.シャルル・グノーが主旋律を付けて、
1859年に発表したといわれています。

この、バッハの「平均律クラヴィーア曲集」
聴きなれない言葉ですが、
「クラヴィーア」というのはドイツ語で「鍵盤楽器(つまり、ピアノ)」という意味だそうです。
バッハの「平均律クラヴィーア曲集」は、ピアノを学習する人の教科書として重用されたそうです。
その中で、グノー/バッハの「アヴェマリア」のある
「平均律クラヴィーア曲集(Das wohltemperierte Clavier)」第1巻は、
長短24調による前奏曲とフーガからなる曲集で、
1720年頃に作曲されたといわれています。

 

オカリナで二重奏した グノーのアヴェ・マリア

マリアのこの壮大で壮絶な物語、
この物語があって
多くの作曲家が、アヴェ・マリアの曲を作曲してきました。

中でもグノーのアヴェ・マリアは、ラテン語で歌いやすく
私はよく教会でテノールで歌います。

この美しい曲を、オカリナで表現できないものだろうかと
いろいろ思いめぐらしていました。

今回、私は

アケタ・オカリナを使って一人二重奏にして表現しました。

オカリナは
アケタオカリナ ソプラノGと
同じくアケタオカリナ アルトG です。

アケタ・オカリナというのは
日本にオカリナを最初に伝えたという明田川孝先生の流れをくむ
アケタ工房で作られたオカリナで

とても優しい土の音がします。

グノーのアベマリア、演奏動画はこちらです。