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突然の発病により、体の自由も、歌手としてのいのちである声さえも失った青野さん。

それでも夢を持ち続け、「前例がないのなら、前例を作ればいい。前例がないってことは、挑戦できるってこと」と、あらゆる情報を集め、人を動かし、希望を持ち続けてリハビリすること5年、青野さんは、見事にソプラノ歌手としての歌声を取り戻しました。そして、取り戻しただけではなく、さらに磨きがかかり、魂を打つ歌声にパワーアップされました。

今回の記事では、青野さんが歌手として公演活動をするまで、みんなで力を合わされた道のりと、そしてついに私たちの街に来てくださったお話をさせていただきます。

(写真:青野浩美スペシャルコンサートのあと、青野さんと一緒に。 花束を持ってらっしゃるのは、ピアニストを務められた、青野さんのお母様)

 

美しい歌を届けたい

 

一人でも多くの人に歌を届けたい・・・

青野さんは、障がいのある体ですが、

歌手としての公演活動を再開することを決心したのです。

 

歌を歌いたい

一人で歌いたいのじゃない。

歌を届けたい。

 

青野さんの思いは

「歌を届けたい」の一念につきます。

 

こうして

声を、しかも美しい歌声を取り戻すだけでは

青野さんの夢はとどまりませんでした。

 

取り戻した歌声で、歌を届けるにはどうしたらいいのか

青野さんの思考はさらに展開していきました。

 

はじめは、家族や病院の人など、

身近な人に披露することから始まった青野さんの活動、

それは、一人でも多くの人に歌を届けたいという青野さんの夢に沿って、

コンサートなどの公演活動に発展していきました。

 

一人ではとてもできない公演活動を前にして

 

公演活動・・・

小さな地方でのコンサートから、大ホールでのコンサート、

講演会など、色々な活動がありますが、

実際に行うとなると、どんなに大変か想像できますか?

 

音楽関係の方ならおわかりと思いますが、

学校の文化祭で何かを発表するとき、クラスみんなで何日も準備しませんでしたか?

ただコンテンツを披露したらいいだけじゃなくて、色々なことがありますよね。

 

しかも、青野さんは、たくさんのハンディーとリスクを背負っておられるのです。

体は不自由で、移動などは車いすです。

身体的な負担も普通以上に考えなければなりません。

風邪をもらうことはできません。

普通の人とは違い、風邪をひくということは、青野さんにとって命にかかわります。

無呼吸発作が起こったら、すぐにカニューレから人工呼吸器につながなければなりません。

 

一人では到底無理・・・

 

青野さんは、ため息をつきたい思いでしたが・・・

それでも

夢はあきらめない。

私の夢は、そんなことであきらめてしまってもいいような

いい加減な夢ではない。

 

青野さんの夢にみんなの夢が集まった

 

こうして

夢をあきらめることは絶対になく、

いつも夢をかなえるにはどうしたらいいか考え続け、

問いかけ続け、

語り続ける青野さんに

周りの人が動き出しました。

 

介護をしてくれる家族や仲間、

ヘルパーをはじめ、福祉関係者や医療関係者、

そのほかにも活動を支えるいろいろなジャンルの人々、

そんな人たちが

「青野さんの夢」を中心にして、

一つに集まりだし、

こうして青野さんの公演活動が始まりました。

 

音楽性を支えるパートナーとの出会い

 

しかしさらに、

ソプラノ歌手にとって

最も大切な助け手が必要でした。

 

何かわかりますか?

 

歌声と一体になって、音楽を届ける人

そう

ピアニストです。

 

私はオカリナを吹きますが、

オカリナ演奏とピアノ演奏のコラボレーションにおいても

また、ギターとのコラボにおいても、

お互いの気持ちの高まりや、

「突っ込みどころ」「ひきどころ」の呼吸が合っていなければなりません。

 

しかし、青野さんの場合、

音楽面でのやり取りも当然ですが、

さらに青野さんとぴったり気持ちを通わせることのできる人でなければなりません。

 

青野さんは、人工呼吸器につなぐためのカニューレをつけているのです。

普通の状態ではないのです。

青野さんのことを本当に理解して、

青野さんの特殊な状況にもすぐにフォローできる人、

しかも青野さんの芸術性に見合う演奏ができるレベルのピアニスト

そんな人いるんだろうか…

 

そんな中、幸運にも

青野さんの大学時代の音楽学部の同期生の友人が

青野さんとピアノでコンビを組んでくれるようになりました。

彼女は、青野さんのことを良く知っており、

青野さんと一緒に、元気な学生時代、夢を語り合った仲でもありました。

 

まさに、

青野さんの夢に呼応して、

彼女はコンビを組んでくれるようになったのです。

 

彼女のフォローは素晴らしいものです。

演奏中、彼女は、青野さんが歌っている状態をよく見て、

呼吸が苦しくなってきたのではないか、など、以心伝心で演奏を調整します。

フォルテやメゾピアノなどの強弱、アンダンテなどのテンポなど・・・

楽譜通りにはいかないことも多々・・・。

青野さんをよく見て、青野さんに合わせて、即興でアレンジしていく

まさに、彼女は阿吽の呼吸で青野さんをフォローしてくれます。

 

ミッション・インポッシブルはみんなの力でポッシブルになる

 

「青野さんの夢」を中心に集まってきた

多くの人たちのコマンドチーム。

 

「ミッション・インポッシブル」が

「ポッシブル」に変わっていく過程を見せていただきました。

 

青野さんは

「前例」をこうして見事に作り出してこられたのです。

 

青野さんの夢

それは

青野さんを中心に集まってきたみんなの夢と呼応しあい、

高めあい、強めあいながら、

ものすごいスパイラルの夢に発展しています。

 

この発展は現在進行形です。

私も幸いにも、そのスパイラルに集まってきた一人です。

 

「青野さんは努力家で、とても強いですね。」というインタビューに対して

青野さんはこう言われました。

 

「私は全く強いものではなく、努力家でもありません。

健常だった学生時代も、取り立ててすごいってことはありませんでした。

ただ、私の周りで支えてくれている人々、家族、ピアニスト、

その他スタッフのみなさんの力があって、

こうして歌を歌うことができるようになりました。

歌は私の命。

私の命である歌を支えてくれる人々がいる。

とてもありがたく思っています。」

 

こう語る青野さんの笑顔は、とても爽やかでした。

 

(青野さんの公演より 「生まれてくれてありがとう」)

青野浩美さんの歌声を 私の街に届けたい

 

私は、社会福祉士会の特別講演で青野浩美さんの歌声を聞いて以来

ずっと持ち続けてきた夢がありました

 

青野さんのスペシャルコンサートを、私の街に届けたい。

自分一人で感動していても、何の実りもない。

私の街では、高齢や障がいで、京都や大阪まで行けない人たちがたくさんいる。

そんな人たちに、青野さんの生の声を届けたい、

そう思い続けていました。

 

そう思って数年がたちました。

私は、市内の社会福祉施設が集まって交流や啓発をしている

「社会福祉施設連絡協議会」のスタッフとしていろいろな活動に参加してきましたが、

ちょうど近年、

福祉のことを広く市民に伝え、市民の心を潤す大きなイベントをしたい

一つの施設だけでは実現しにくいことでも、

複数の施設が集まって協力している施設連絡協議会だからこそできることをしたい。

このようなニーズが施設間で高まりました。

 

そして、どのようなイベントを企画しようかと、皆で話し合っていたときでした。

私は早速、提案を熱く語りました。

「多くの人、市民の方にも感動をお届けするのなら、

私は、青野浩美さんの歌をぜひこの地で紹介したい」

 

そして社会福祉士会で聴いたコンサートの様子、

感動したことなどを、協議会の企画の中で詳しく伝えたところ、

協議会のみんなの心が動きました。

施設長の方々の心も動きました。

 

そういう諸施設の方々の思いが

青野浩美さんのスペシャルコンサートの形で結実しました。

 

(写真:管理人 平成30年3月、青野浩美さんスペシャルコンサート会場にて)

 

コンサートでは、

青野さんのお母さんの素晴らしいピアノ演奏も聴かせていただき、

親子で歩んでこられた道のりを想像すると

涙が流れてきました。

 

夢を支援する者として

 

どんなに高齢でも

障がいがあっても

「あなた方の夢をあきらたらダメだよ。

前例がなければ、作ればいい。

それは挑戦できること。

日々を楽しみながら進歩しようよ。」

というメッセージを、青野さんの歌声からお伝え出来ました。

参加したみんなが、感動しました。

 

(写真:管理人 高齢者の方も、施設職員も、子どもたちも大感激でした)

 

それだけでなく

青野さんの歌声を聞いて、お話を聞いて、

医療・福祉関係職員の人たちに広く、

「夢を支援する」ということをお伝えすることができたんです。

とても素晴らしいコンサートでした。

 

医療・福祉関係の職員は

毎日の仕事の中で

利用者さんや、みんなの夢をかなえるお手伝いを日々しています。

夢をかなえるにはどんな支援・お手伝いをしていけばいいか、いつも考えています。

 

しかし、自分自身を振り返れば、

日々、障がいのある方や、高齢の方を支援している中で

皆さんによい時間、楽しい体験を持ってほしいと思いつつも

こころの中のどこかで

「こんなことは、無理だ」

とか

「こんな前例はない」

と思っており、

支援が消極的になってしまう、

淡々とした支援になってしまっていることがあったのではないか?

 

 

青野さんのスペシャルコンサートを聴いて、そんなことにハッと気づいたのです。

青野さんに「そんなことは前例がありません」と

当たり前のように言われた医師。

でも私たちも、利用者さんや家族に

同じようなことを言って対応していなかっただろうか・・・

 

 

「夢」を実現することをお手伝いする私たちは

日々、こういうことを振り返っていかなければならないと思うんです。

それを医療・福祉職員の私たち多くに気づかせてくれた素晴らしいコンサートでした。

 

「夢」は「夢」を呼び、世界が変わる

夢がある

夢を実現する

実現して夢を運ぶ、夢を届ける

 

そして

一人が持ち続ける一つの夢に

多くの人の夢が集まり

強めあい高めあい深め合って

世界が動く。

 

世界が動きます。

世界が変わります。

 

私にももちろん夢があります。

「生きるってことは、愛だよ」というメッセージを

私が死んでからも

何百年も先にも届けていくこと。

いのちを大切に生きる文化を、時代を超えて伝える事

この夢は

これから先困難が起こっても

捨てたり、あきらめたりできる夢ではありません。

 

 

そして、世界は広いけれど、確かに変わる世界、

それは、今ここにおられてこれを読んでおられるあなたの世界です。

あなたの世界は、この記事を心から読めば、

確実に変わります。

私が青野さんの歌声を聞いて、変わったように。

よい夢、素晴らしい夢は、伝搬していくと思うんです。

あなたの夢も

大切に保ち、育てていってほしい。

私はそう念願します。