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気管切開を受けても歌手としての希望に向かい続けた青野浩美さん。青野さんの生き方、考え方から、私たちは大きな気づきを得ます。それは、魂の底から湧き出る真実の夢を、私たちは絶対に捨てることはできないということです。この投稿では、青野さんの生き方に加えて、全身不随でも口で絵を描き続けている画家 星野富弘さんのお話も紹介しながら、あきらめる事のできない夢について考えましょう。


(画像:管理人   背景絵画:管理人作品)

声を失っても夢に向かい続けた5年間

突然の難病によって、体の自由だけでなく、
歌手としての命である声まで失った青野さん。

しかし、
青野さんの夢は、そんなに簡単にあきらめることができるほどの
安易な夢ではなかった。

だから青野さんは夢をあきらめませんでした。

「私がカニューレに合っていないのではない、カニューレが私に合っていないのよ」

「前例がないのなら、前例を作ればいいじゃない。
前例がないってことは、挑戦できるってことじゃないの。」

こうして青野さんは
声を失って5年、

5年間あきらめず、試行錯誤と工夫を繰り返し、

歌手としての歌声を、
しかも、以前よりもさらに磨かれた、魂に迫る歌声を
青野さんは取り戻しました。

そして、
ソプラノ歌手としての活動を始めるようになったのです。

さらに、音楽学部の同期生の友人がピアノでコンビを組んでくれるようになり、
コンサートもできるようになりました。

あなたの夢、そんなに簡単に捨てられるんですか?

いまでは、歌手として素晴らしい復帰を遂げ、
多くの人に希望のメッセージを広めておられるいる青野さん、

しかし、発病したころ、
「現実を見据えて、それを受け入れて、
これまでの夢とは違う別の人生を、新しく生きるほかはない」
そういろいろな医療や福祉関係者から親身になって説得されたそうです。

青野さんは
それでも
夢をあきらめませんでした。

青野さんの夢は
体が不自由になったくらいのことで
簡単に捨ててしまうことのできるような夢ではなかったのです。

多くの人が、夢の前に何かが立ちはだかると、
あきらめたり、自分を言い聞かせたりしますよね。

できないよと言われ

ああそうですか、とあきらめてしまう、

あなた、無理だねと言われ、
「こんちくしょう」としばらくグレたのちに、忘れてしまう、

でも私は、青野さんの姿を見て思います。
そんな、あきらめてしまうような夢なら
初めから持っていないのと同じだ。
そう思いませんか?

あなたの夢
簡単にあきらめたり、捨てたりできるような夢ですか?

青野さんの場合、夢をあきらめなかったことに加え、
元通りの歌声を取り戻す道を、自分自身で見つけ、開くことができました。

しかし、すべてがすべてこのように行くとは限りません。

口で描く詩人にして画家 星野富弘さんの場合

画家の星野富弘さんの場合などは、青野さんとは事情が違います。

星野富弘さんは、首から下が動かない障害を持っておられ、
その状況で、口に筆をくわえて、
数々の絵画作品と、手書きの詩を書き、発表されています。


(作品展での星野富弘さん
写真引用:よこはま星野富弘 花の詩画展
http://www.wlpm.or.jp/event/exhibition/tomi0609/repo07.htm)

体育教師だった星野富弘さんは、
ばく転をした時の事故で、首の骨に損傷を負い、
全身麻痺の障がいを持つことになりました。

首から下は全く動かなくなったのです。
もちろん、元通り体育の教師として復帰することは不可能でした。

突然の障がいを負い、星野さんのショックと悩みは想像を絶するものだったと思います。

しかし、
ある時、星野さんはふと思ったそうです。

首から上しか動かない?
いや
首から上が動くじゃないか。

それから
口にペンや筆をくわえて
水彩画と詩を書くということをはじめました。

星野さんは、絵の経験など全くありませんでした。
一からのスタートだったそうです。

今では、星野富弘さんの美術館もできて、
精力的に全国に詩と絵画の啓蒙活動をされています。

私は学生時代、長いいじめが続いて、もうこれ以上生きられないと思っていたころ、
ある先輩に本をいただき、
星野富弘さんという人を知り、大きな希望をいただきました。
その後、私の街にも星野さんの巡回展があり、足を運び
生きる勇気をいただきました。


(私が学生時代に出会った本 星野富弘著「愛、深き淵より」
写真引用:Amazon )

星野さんの場合、
体育教師として子どもたちを教えていくことが夢であり生きがいだったのですが
それができないという現実を前に
その夢を捨ててしまったのでしょうか?
あきらめてしまったのでしょうか?

夢の奥にある本当の夢

いいえ

星野さんは、その夢を絶対に捨てることなく、
今も追い続けておられると思うのです。

画家という形に変わったけれども、
星野さんの夢は、不変だと思うのです。

「体育教師として生涯を全うしたい」
その夢の向こうの夢は何だったのでしょうか?

それは、星野さんの魂が知っています。

星野さんは、
夢の奥にある本当の夢を
捨てることなく、変えることなく、
追い続けておられると思います。

また、

星野富弘さんの場合
夢を決してあきらめない強さに加えて、
星野さんの思いを支える奥様との出会いがありました。

障がいを負ってからの出会いで、
お付き合いののちにご結婚されたのですが、

星野さんが口に筆をくわえ、絵をかくとき、
奥さんが色紙を支えます。

絵の具を混ぜたい時、奥さんが星野さんの意向によって混ぜて筆に含ませます。
奥様との二人三脚があって、星野さんの絵はより奥深く、
素晴らしいものになっていきました。

「出来上がった作品は、私たち二人の子供だね」といわれる星野さん、
奥様との長い長い歴史を感じます。

星野富弘さんの、詩人・画家への歩みを紹介した5分間動画です。

(動画引用: Tomihiro Art Museum https://www.youtube.com/channel/UCBBTiELZ4AAuqGfea6K5AXw)

たった一度の人生、捨てることのできない夢は持ち続けよう

しかし、こういう人もいるのではないでしょうか。
「青野さんの場合も
星野さんの場合も
たとえ障がいを負うことになっても、それを跳ね返すだけの強い意思と
夢を保ち続ける力があったのではないか?
力のない私には、とてもそんな真似はできない」と。

私も含めて、多くの人は、
そんなに強くないし、
夢を追い続けられないと感じるかもしれません。

それでも、
それでもですよ、

たった一人の私、たった一度の人生で
私にしか持ちえない夢
あなたにしか持ちえない夢って、ありますよね。

それを実現していく強さも根性もなくても、
捨てたくない夢ってありますよね。

だったら、
捨てないでいましょうよ。

捨てる必要も、
あきらめる必要もないじゃありませんか。

グリフィンの祈り

ちなみに、

夢と思っていたことや、祈りに祈ったことが、
ことごとくかなえられなかったと思われる、ある人が
ニューヨーク州立大学病院リハビリテーションセンターの壁に書き残した詩があります。
だれが書いたのか、作者は不明とのことですが
内容があまりにも魂に迫るものがあり
「グリフィンの祈り」として知られています。

日本語訳はこんな内容です。

「大事をなそうとして
力を与えてほしいと神に求めたのに
慎み深く従順であるようにと
弱さを授かった

より偉大なことができるように
健康を求めたのに
よりよきことができるようにと
病弱を与えられた

幸せになろうとして
富を求めたのに
賢明であるようにと
貧困を授かった

世の人々の賞賛を得ようとして
権力を求めたのに
神の前にひざまづくようにと
弱さを授かった

人生を享楽しようと
あらゆるものを求めたのに
あらゆることを喜べるようにと
生命を授かった

求めたものは一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞き届けられた
神の意にそわぬ者であるにもかかわらず
心の中の言い表せない祈りはすべてかなえられた

私はあらゆる人の中でもっとも豊かに祝福されたのだ」

わかりますか?

わたしには、
まだこの意味を悟ることができていないと思います。

しかし、この詩の意味を悟ることができたとき、
何かがスパークするのではないかと私は感じています。

でも、
ぼんやりと私のなかで気づいていることがあります。

自分で意識していなくても
自分でわかっていなくても
願い、望み、希望、夢がある。

これは
絶対に捨てない。

そして
捨てないから
絶対にかなえられる。

私は漠然と、そう感じます。

どんなに過酷なことが起こっても
涙に潤む目の向うに、
嘆きに叫ぶ声の向こうに、
尽きせぬ、変わらぬ、何かがあるのがぼんやり見えて
魂の底から絞り出すように

そう

絞り出すように、

「あ・り・が・と・う」
と心の底から思う日、

必ず何かがスパークすると
私は自分自身に予言しています。

今日は長くなってしまいましたね。
でも、本当に大切なことだから、伝えたかったのです。

あなたの夢、あなたの希望、
簡単にあきらめたり、捨てたりできるものですか?

本当に、忘れたり、やめたりできるのですか?

これを問いたかったのです。

歌手の青野浩美さんの場合も
画家の星野富弘さんの場合も
そして、私たち一人一人の場合も、

魂の奥から湧き出てくる夢は
絶対に捨てることができないのです。