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「前例がないのなら、前例を作ればいい。それは、挑戦できるってことだから。」ソプラノ歌手の青野浩美さんの言葉です。突然の難病で体の自由を失い、そして歌手のいのちである声まで失うという現実を前に、それでも歌を続けるにはどうすればいいか、青野さんは真剣に考え、情報を自分で収集します。そしてたどり着いた「スピーチカニューレ」の手術。しかし、手術しても声が出ませんでした。それでもあきらめず、今日の歌手活動の実現につながっていった青野さんの思考とは、今回の記事ではその思考の核心に触れます。


(画像作成:管理人 背景画像 エルミタージュ美術館所蔵イサコフスキー油彩画「第三の怒涛」)

「気管切開して歌手をするなんて、前例がない」といわれて

声を失うという絶望の知らせを受け、

それでもあきらめず、

「スピーチカニューレ」の存在を知った青野さん、

そしてスピーチカニューレの手術をしたにもかかわらず、声が出なかった

「あなたの体は、スピーチカニューレに合っていない・・・」

主治医からのこの宣告を受けて、

青野さんは、あきらめたり、受け入れたりするのではなく、

逆転の思考をします。

「私がカニューレに合っていないのではない。

カニューレが私に合っていないんだ。」

こうして、さらに青野さんは、情報を収集し、医師に粘り強くかけあい、

もう少し大きいタイプのスピーチカニューレに交換してもらった

その結果、

声が出た!

さて、

青野さんにとって、「声が出た」というだけでいいのでしょうか?

わたしの望みは、心に響く歌を届けること

青野さんの幼少からの歩み、そして夢は何だったのでしょう?

それを失うことは、青野さんにとって、どんなにつらいことなのでしょう?

そうです。

青野さんにとって、歌はすべてなのです。

歌を歌うこと、

それは、

青野さんにとって

本当にかけがえのない大切なことだったのです。

それで青野さんは医師に相談しました。

「また歌を歌えるようになるでしょうか」と。

医師は淡々と答えました。

あたかも当たり前の常識のように…・

「スピーチカニューレで話すことができるようになっても、

声は以前の声に戻らないでしょう。

ましてや、

以前のように歌を歌えるようになるなんていうことは、

前例がありません。」と。

前例がないなら、作ればいい。それは挑戦できること

「前例がない・・・・!?」

青野さんはこのことについて、即座にこう考えました。

「前例がないの?

それじゃあ前例を作ればいいじゃない。

前例がないってことは、

挑戦できるってことじゃないの?」

そうです。

青野さんは

「前例がないの?

それじゃあ前例を作ればいいじゃない。

前例がないってことは、

挑戦できるってことじゃないの?」

と即座に考えたのです。

(画像作成:管理人 背景画像 イサコフスキー油彩画「第三の怒涛」)

青野さんは

歌うという夢

しかも

美しい歌を歌うという夢を

たった一言の医師の言葉で捨てるようなことはありませんでした。

これを読んでいる方の中には

頑固な人ね、とか、じたばたと悪あがきして・・・と感じる方が中にはいるかもしれません。

しかし、

これは、頑固でも、悪あがきでもありません。

私たちには絶対に捨てられない夢がある

青野さんの夢は
そう簡単に捨てることのできない夢。

漠然とした希望やわがままといった安っぽい次元のものでは決してありません。

青野さんにとって、
それだけ、貴重で、大切で、命に変えても守りたい夢

そんな夢だから、
青野さんは夢を絶対捨てなかったのです。
捨てることができないのです。

私たちにもそんな夢があるのではないでしょうか。

よくこういうことがありますよね。
何かが欲しい、でもお金がない、あきらめる
何かの職に就きたい、でも学力がない、あきらめる
でも、これであきらめてしまうことができれば、
それは「夢」ではなく、ただ単に「ほしい、なりたい」ということにすぎません。

「夢」というのは
私たち一人一人の魂の底から出てくること。
お金や学力が今なくても
環境や状況が非常に難しい状況でも

それでも
ぜったいに捨てられない「夢」
そんな夢があるはずです。

青野さんにとって
その、「絶対に捨てられない夢」
それが、歌声を届けることでした。

納得できる声を取り戻すまで妥協しない

青野さんは、歌を歌うリハビリを少しずつ行いました。
確かにはじめは、声の中に雑音が入ったりして自分で納得のできる声は出ませんでした。

青野さんにとって、納得のできる声って想像できますか?

しゃべれればいい、意思を伝達できればいい、遠くに届けばいい、?

そんなのじゃあありませんよ。

「こんな声では納得できない」
「まだ満足できない」
いくらリハビリをしても、青野さんは妥協をせず、

ご自分の夢にかなう声を確認するまで

決して納得しません。

青野さんは諦めませんでした。

あきらめないことの先に 道がある

あきらめないこと。

そこに道が開けます。
ひらめきが降りてきます。
まるで、頭脳のアンテナに何かがつながったように。

青野さんは、あるとき、いろいろ試して歌っている中で、
カニューレの隙間から空気が漏れていることを発見しました。

そして、そこをうまく押さえると雑音が減ることに気づきました。
そして、さらにいろいろやってみて、
いろいろ発見して、
いろいろ工夫して、

倒れてから約5年。
そう、5年。

青野さんは、ついに、
以前のような歌声で歌を歌えるようになりました。


(青野さんなりの方法でカニューレを押さえながら、調節して歌を歌っているところ
写真撮影:管理人)

私が、シンポジウム会場で聴いた、魂を揺さぶられるような歌声、
それは、こうして取り戻した歌声だったのです。

その歌声は、おそらく

ただ元通りに歌えることができるようになったというだけでなく、

もっと美しい、もっと人の心の琴線に触れる
そんな歌声になったのではないかと私は思うのです。

そこに

夢をあきらめない

私の夢はそんなに簡単に捨てられる夢ではない、

そういう思いと魂が

声に磨きをかけ、

以前よりも素敵になって

青野さんは復活されたのだと思います。