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ソプラノ歌手 青野浩美さん。
今年の3月に私たちの街に来てくださった、素晴らしいソプラノ歌手です。
この青野さんが、気管切開をしてから、声を取り戻し、それだけでなく、美しい歌声を取り戻し、さらにその歌声がさらに進化しているお話をしましょう。
今日からお届けするお話は、あなたが絶対に夢をあきらめなければ、思考が現実になり、夢に向かって確実に進んでいけるんだという希望をきっと呼び起こしてくれでしょう。


(青野浩美さんが来てくださり、みんな大感激でした。コンサートスタッフをさせていただいた私も、厚かましく一緒に写らせてもらいました)

何年か前の青野浩美さんのコンサートの様子です。歌っておられるのは「野ばら」です

1000人が流した涙

5年前、私は日本社会福祉士学会の全国大会の会場にいました。
会場に集まった千人は超える学会関係者、現場の社会福祉士、学生たち。

そんな大勢の集まる大ホールは、
静まり返っていました。

皆が息をのんで、これから始まることを待っていました。
押し殺すような会場の沈黙をやぶったのは

魂が透き通るような、女声ソプラノの歌声でした。

グノーのアベマリア。

私にとっては
何回も聞いたことのあるおなじみの曲です。
クリスマスには、オカリナで演奏することもしばしばある
私にとっては、いつも親しんでいる曲。

この曲を歌う歌声が会場に響いた時、
初めてこの曲を聴いたような、魂の底からの衝撃が
脳髄に稲妻のように、ビビーッと走りました。

 

そして次の瞬間、
なぜだか、とめどもなく涙が流れました。

魂を揺さぶられるというのはこういうことだと

私は実感しました。

周囲を見ると、

私と同じように涙を流している人がたくさんいました。

なぜ?

ただただ、

歌声がなぜか、魂の琴線に刺さるのです。

こんなにすきとおった歌声、

しかも、一語一語が染み渡るように響くラテン語、

そして

心にグーンと押し寄せる、そのテンポや揺らぎ

はじめての体験でした。

千人以上の人が、その歌声に心を奪われ、

涙を流していました。

 

なぜ、学会の会場に

しかも日本全国から関係者の集まる大会場に

ソプラノの歌声がこだまし、

多くの聴衆が泣いたのか・・・・

 

歌声が 心の琴線に触れるとき

全国学会の会場に集まった1000人を超える学術関係者。

私たちを泣かせた、グノーのアベマリアの歌声。

 

なぜ私たちは泣いてしまったのか、

それは、
その歌声が魂になぜか届くからでした。
それ以外に理由はありません。

歌っている人が誰なのか、
どういう経緯で歌っているのか、

そういうことを全く知らなくても、
その歌を聴くだけで、魂のチャンネルが同期し、涙が流れる
それだけすばらしい歌声でした。

 

歌が魂の琴線に触れるとき、
そういう体験をされたことがあるでしょうか?

同じ歌でも、いろいろな歌い手がいます。
ではなぜ、琴線に触れるときとそうでない時があるのか?

歌い手が
その歌、声、言葉、響き、メロディー、リズム、テンポ、抑揚、
すべての中に、魂からのメッセージを発信し、

そして聴き手が、その魂からのメッセージをキャッチした時に

魂と魂のハーモニー、
融合というものが生まれるからではないかと私は感じています。

 

それは、歌い手と聴き手のハーモニーでもあり、
同じ場、同じ時間に聴いている、聴き手たちの相乗的ハーモニーであったりします。

あの日、
社会福祉学会で披露された、講演会冒頭の1曲目、
グノーのアベマリアは
それを歌う人の魂から発信された、圧倒されるほどのシグナルによって、
多くの人の心の琴線が高鳴ったのです。

 

そして、

その歌手は、1曲目を歌い終わったのちに、
歌に対するご自身の思いを語り始めました。
その内容に、私は自分を失うほど驚き、立ち尽くしてしまいました。

オカリナや合唱でのテノールに取り組んでいる私にとって、
その内容は常識を覆す、
驚くべきものだったのです。

私の人生に対する考え方が根本的にひっくり返された一瞬でした。

ソプラノ歌手、青野浩美さん

歌手は、冒頭の1曲を歌い終えて、
歌に対する思いを語り始めました。

 

この歌声の主は、
プロのソプラノ歌手、青野浩美さんです。

 

青野浩美さんは、

日本社会福祉士学会全国大会のゲストとして
「夢をあきらめない」ことをテーマに、特別公演のため京都に来られたのでした。

それにしても、素晴らしい歌声。
技術が秀でているというだけではなく、
何か心の底から揺り動かされるような魅力のある歌声です。

青野さんが、お話を始めた時、

私も、周りの人も驚きを隠せませんでした。

会場にどよめきが起こりました。

 

 

実は

青野さんのあのすばらしい声は、

気管切開手術をして、

「カニューレ」という、

人工的に酸素を供給するための器具を入れた喉から発せられた歌声だったのです。

 

ふつうは

気管切開手術をして「カニューレ」を入れると、声を出すことができなくなります。

青野さんも、

気管切開手術をされて、

「カニューレ」を入れた喉で、

カニューレを通して

奇跡のような歌声を披露してくださったのです。

青野さんは、

心にしみわたるような歌声を聴かせてくださったのち、

本題のお話に入りました。

 

突然の難病に倒れて

ソプラノ歌手として、実力を着実にあげつつあった青野浩美さんは、

23歳の時、大学院声楽科の卒業公演直前に倒れ、意識を失い、全身麻痺になりました。

日常生活のすべてに人の助けを受けなければならない生活となりましたが、

その後、リハビリなどの努力を経て、

車椅子である程度自分で生活ができるようになりました。

 

しかし、困難はそれだけではなかったのです。

青野さんは、声を詰まらせながら語られます。

 

「これまで、動いていた手が動きにくくなった。

これまで、動いていた足が、動かなくなった。

これまで自分でトイレに行けたのが、人の助けを借りなければトイレに行けなくなった。

これは辛いことでしたが、時が経つにつれて何とか受け入れることができました。

しかし、

私にとって、

どうしても受け入れることができないことがありました。

私にとって、

これだけは受け入れることができないことがありました。

・・・」

 

しばらくの沈黙ののち、語られたことは…

さらに青野さんを襲ったのは、

突然呼吸ができなくなる「無呼吸発作」です。

 

医師の診断では、気管切開をして呼吸機にすぐにつなぐことができなければ

生命の保障がないと言われました。

 

青野さんの悩みは、語ることができないほどの深刻なものでした。

気管切開手術をしたら歌声を失うのです。

自由な手も、自由な足も失っても、

歌声だけは失いたくない。

歌声は

青野さんの夢であり、

青野さんの希望であり、

青野さんの誇りであり、

青野さんの魂なのです。

それを失うということは

青野さんにとってどういうことなのか・・・・・

しかし、手術をしなければ生命の保障がない。

生きてこそ

青野さんは、頭が割れるほど悩みに悩む中、

ある友人に電話をします。

そうしたら、電話口の向こうで青野さんの友人は

大声でこう怒鳴ったそうです。

 

「ばかやろう!」

 

友人いわく、「君は、命と歌声を天秤にかけて悩んでいるんじゃないのか?!」

 

友人の、厳しいが友情のこもった言葉で青野さんは気づきました。

命がなくなったら、

歌うことも話すこともできないではないか。

生きてこそだ。

 

こうして約半年悩んだ末に、

青野さんはようやく

気管切開手術を受ける決心をしました。

そして手術の日が刻一刻と近づいてきました…・

そして

青野さんがとったある行動とは?

そのことについて、次回の投稿でお話しします。