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大海原を航海していると、何度となく嵐に遭遇します。船の航海能力を超えるような激しい嵐に遭った時もありました。しかし、そのような嵐の真っただ中にあっても、勝つ方法が見つからなくても、負けない方法ならあります。嵐に負けてはなりません。アメイジンググレイスを演奏していて、人生の中でも、嵐と呼ぶべき艱難にあったとしてもそれに負けない方法をとるべく、この記事を書きました。
アメイジンググレイス「魂の旅路」の演奏動画です。

嵐に遭ったら積み荷を捨てるな

船で広い海を航海していると、時々、
台風や、
台風並みの低気圧
(特に2月は太平洋南部によく発生し、台風と同じかそれ以上の暴風雨になりますます)に遭遇します。

船乗りは、そんなところに遭遇しないように
航海前に気象情報を収集したり、
逐次入る情報から暴風圏を避ける針路をとったりします。

しかし
どうしても暴風雨に遭遇することが避けられないこともあります。
そしてその暴風雨の威力が船の航海能力を超えていることもあります。

そんなとき
船乗りはどのように航海するのでしょうか?

よく、映画などで、積み荷を海に捨てるシーンなどがあります。
積み荷を捨てますか?
あまりに重く、船の浮力を維持できないなら
捨てるという方策もあるでしょう。

しかし、捨て過ぎたらどうなるのか?
船はある程度の浮力と、
復元性(左右に傾いても元に戻る力)のバランスを持っています。
実は、捨て過ぎると、
重心が上に移動してしまい、
簡単に転覆する危険があるのです。

だから
積み荷の置き場所を移動し、バランスを整える
これが正解です。

嵐の中では とにかく姿勢を保て

では、船をどのように進めればいのでしょうか?
強すぎる嵐の中で
船は目的地に進めるのでしょうか。

一言で言いましょう
嵐の中では目的地に向かうことよりも
自らの姿勢を保つこと。

どのようにするのかというと
ふつう船は、機械(つまりスクリューとそれを回すエンジンなどの機関)で前後に進み
舵で左右の方向をコントロールします。
船乗りは、
たえず変わる風と波とうねりなどの外力の方向を読みながら
機械と舵を自らの意思で制御して操り
船の姿勢をひたすら保つのです。

嵐の中で、どんなに前に進もうとしても、
物理的に前進は不可能かもしれません。
機械を誠一杯の全出力でかけ続け、
ぐんぐん進んでいると感じていても、
実際にレーダーなどで自分の位置を計測し
海図で確認すれば、
目的地から遠ざかっているかもしれません

それでも船乗りは嘆かない。
愚痴を言わない。
不安を抱かない。
怖がらない。
そんなことをしていても間に合わない。

だから
たとえ海図では一向に前に進まなくても、
外力の方向をたえず読みながら
機械と舵を自分の意志で操り
自船の姿勢を保つのです。

それをやめてしまったらどうなるか
「もうこの嵐にはかなわない。
なるようになるだろう」
と機械と舵の使用をやめて、
嵐のなすがままに漂流したらどうなると思いますか?

暴風やうねり、波を横向けに受けるようになります。
真横から外力を受けたら
船は横倒しになり、
場合によっては転覆してしまう危険にさらされます。

だからどうするか?

外力を、斜め前方(約20度くらい)から受けるように、
機械と舵を使って船の姿勢をコントロールするのです。
斜め前方です。
真正面からではありません。

もし、真正面から外力を受けると今度は
船の船首が大きく上がったと思えば
ドスンと海面に落下する
まるでジェットコースターのような衝撃を受けることになります。

だから、斜め前方なのです。

真正面から立ち向かわない。
しかし
自らの姿勢を保ち続け
それを休むことなく続けて
決して負けない
なされるがままにならない
たとえ前進していなくても嘆かない

たとえ嵐の中で船が目的地から大きく遠ざかったとしても
嵐が過ぎ去ったら改めてレーダーやロランなどで
自分の船の位置を計測し、
海図に修正針路を記入して
目的地に向かって進めばいいのです。

これが嵐の中の船乗りの心です。
嵐を進む船乗りの誇りです。

嵐は過ぎ去ります。
かならず。
いつまでも続かないのです。

「嵐の中でも時は経つ
 そして嵐は過ぎ去る」

悩んでも間に合わない

嵐の海を航海して
本当に思ったことは

「悩んでも間に合わない」ということでした。
とにかく
方々の体で、船の姿勢を保たなければなりません。
愚痴や不安なんか言っている時間はないのです。

素早くトリムの計算をして積み荷の位置を変え
一刻一刻に変わる波風うねりの外力を見て
それに支配されないように
機械と舵を使って
船の姿勢を保ち続けなければなりません。

そんなとき、
「驚いても間に合わない」のです。
「悩んでも間に合わない」のです。

嵐の海を行きながら、
学生時代、
合気道の稽古をしていたころのことを思い出しました。
合気道の道場で畳に血がしみこむほど稽古をしていたころのことです。

恩師はこう言われました。
「何かあるのが人生だ。
驚いても間に合わない。
悩んでも間に合わない。」
何かは
突然起こるんです。
それが起こった時、
驚いても、
悩んでいても間に合わないんです。

少し、恩師のお話を紹介しましょう。
戦時中のことです。
恩師の先生に、中村天風先生という達人がいました。
中村天風先生は、武道の達人であるとともに
日本の在り方を勇猛果敢に説く歴戦の志士でした。
ある日、自宅の玄関先で
数名の憲兵隊に取り囲まれ、実弾の入った銃を突き付けられました。

そのとき、天風先生は、全く驚くことも腰を抜かすこともなく、
「どれどれ?」と言って
銃口の中を覗いたり、口で吹いてみたりしたそうです。
この行動を見た憲兵隊は
天風先生のあまりの威厳に逆に腰を抜かし、
「ただでは済まさんぞ」と捨てぜりふを言って退散したそうです。

私の恩師は
天風先生のこの行動に驚き、
憲兵隊が退散した後で聞いたそうです。
「先生、恐ろしかったでしょう。どういう心構えで、あんなに勇気のあることができるのでしょうか?」と。
天風先生曰く
「なあに、驚いても間に合わんよ」

だからこそ、師範は、稽古の時
何かのたびにこう言われました。
「何かあるのが人生だ。
驚いても間に合わない。
悩んでも間に合わない。」
何かは
突然起こるんです。
それが起こった時、
驚いても、
悩んでいても間に合わないんです。
どうするべきかの作戦会議を素早く行い
(一人の時は、自分の中の数人の自分で会議を開くといいでしょう)
すぐにとるべき行動と後にしてもよい行動のプライオリティーをつけ
すぐにとるべき行動を
果敢にはっきりと取るのです。
「何かは起こる」というのは
船を運航していた時、何度かありました。
衝突しそうになった時、
先ほど書きました通り、嵐に遭遇して転覆しそうになった時、
ボイラの火が突然消えた時など・・・
まさにあのときも
「悩んでいても間に合わない」
でした。
悩んでいる間に、船は動いたり動かされたりしてるんだからね。
とっさに取るべき行動をしなければならないわけなんです。
「悩む」のと
いざ何かがあった時にこうしようああしようと事前に考えるのは
性質が違います。
だからできるだけ
悩まずに、気楽に でも堅実に
生きて行けたらなあと思います。

アメイジング・グレイスに思う

今回演奏したアメイジング・グレイスも
作詞者ニュートン牧師は、船乗り時代に嵐に遭います。

嵐に遭った時、どんな気持ちだったのでしょうか。
遭難して漂流したとき、どんな気持ちだったのでしょうか。

きっと
悩んでいても間に合わなかったのだろうと思います。
驚いていても間に合わなかったのだろうと思います。

しかし、
当時のニュートン航海士は、のちに牧師になった時ほど信仰も強くなかったと思いますが
何か、自分でも理解できない力を感じていて、
その力を感じるままに、自分の海中での姿勢を保ちつづけたのだろうと思います。
嵐に翻ろうされ
どこに行くかわからない状態にあっても
自分の姿勢を持ちこたえ
持ちこたえ続けていれば、
かならず、嵐が去ったら行き先がわかる。
そう信じ続けて生き続けたのだろうと思います。

私たちも
人生という大航海の中で
どんな嵐に遭おうとも
ニュートンのように
姿勢を保ち続け、
アメイジング・グレイスの恵みを心から感じるまで
生きて生きて、生き続けようじゃありませんか。

アメイジンググレイス「魂の旅路」の演奏動画です。