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私は暗闇が好きです。光のない場所が好きです。なぜなら、光の中で見つけられないわずかな光の美しさを見ることができるから。讃美歌「アメイジング・グレイス」を吹きながらそんなことを思い浮かべました。

アメイジンググレイス「魂の旅路」の演奏動画です。

暗黒を航く~見えないはずのイルミネーション

光の中で見えないものが
闇の中なら浮かんで見える

太陽の光沈んで
空が暗くなった時
はじめて月明かりが見える

月の見えない新月の夜は
星空が
今までよりも明るく見える

船乗りは
星の光をたよりに
船位を計測し
船を正確に進める

そして
星空も見えない
黒雲で覆われた
漆黒の海を行く時

舳先に切れる波に
ほんのりと光る
青い光を
船乗りは見るだろう

それは
海にいつも灯り続けている
夜光虫の光

深い暗闇を航くときにはじめて
船乗りは
その光あることに気付く

人生の海を航く船乗りたちよ

闇を恐れることはない

闇と友達になればいい。

だれのこころにも闇がある

闇の中で
心静かに横たわって
そのままでいたら

浮かんで見える何かがある

いつもあなたとともにいる
かすかな何かが。

光の中では見えなかった何かが。

それは
光の中にあっても
深い闇の中にあっても
あなたと共にあって
いつもあなたを見守り続けてきた

闇が深ければ深いほど
それが見える

 (詩 星咲繁博 こと オカリナぽーる)

夜航海で気づいたこと

私は、船舶に乗り組んでいたころ、

昼夜を分かつことなく船を進めていました。

夜の真っ暗な海で、陸上では見えないもの、気づかないものを多く経験しました。

夜の航海は
すべての明かりを消して行われます。
操船するブリッジの中は真っ暗です。
夜に船がともすべき明かりの種類と場所は航海法規で決められており、
日没になれば「灯火管制」と言って、法律で定められた灯火以外はすべて消します。
マストのてっぺんと、船尾に白色灯
船体の右側に緑の右舷灯
左側には赤の左舷灯
そのほかに
巨大船や漁船、作業に従事している船など
特殊な状況にある船は、
それぞれの特徴を表した灯火を掲げることになっています。

船乗りは、
暗い夜の海でほかの船に遭遇したら、
その灯火を見て
自分の船とどのような位置関係にあってどう動いているのか
何をしている船なのかを判断し、
どちらが優先的に航行してどちらが避けなければならないのか、
どのように動けばいいのかを判断するわけです。
海の真ん中で、わずかな灯火を見たならば、
その灯火から得られる情報は甚大です。
このように
船乗りは
真っ暗な海の中で
わずかに光るものの中に
その意味を見つけることが得意です。

そして、
暗闇の海では
星が本当に明るく見えます。
真っ暗な海の真ん中で
空を見上げると
満天の星がどれほどきれいだったか。
私はあの美しさを忘れることができません。
星はさらに多くの情報を運んでくれます。
船乗りは
夕ぐれや黎明に水平線がほんのり見えるころ
星の光を見つけて
その高角を計測し、
三つの星から「天の球面三角形」を計算して
自分の船の位置を算出し
船を正確に進めるのです。
この技術は古代よりありました。
星の光。

しかし、
星の光にも出会えないときがある。
真実の闇というのでしょうか。
しかし、
星空も見えない、
黒雲で覆われた、漆黒の海を行った時

私は見ました。
波を切る船の船首に
ほんのりと光る
青い光を。
この青い光はなんだと思いました。
この光のおかげで
船の姿勢が分かりました。

その光は
ま昼も、夕方も
ずっと光り続けていたといいます。
光り続けているけど
太陽の光があって、星の光もあったから
私たちが気付かなかっただけ。

いつも、そっと光り続けていて
ずっとそばにあった光。

これに気付いたのは
暗黒の海を航海した時でした。

その光は
プランクトンの一種
「夜光虫」の放つ光でした。

波に砕けるとき、
夜光虫は光るのです。
「ぼくはここにいるよ」と光るのです。

瀬戸内海とか
プランクトンの多い海がよく光ります。
深い暗闇を航くときにはじめて
船乗りは
その光あることに気付くのです。

明るい光の中で見えないものが
暗闇の、深い深いどん底にいて
浮かんで見えるのです。

暗闇の航海で見たものの意味は

この経験は
今になっても大きな意味を持っていることに気付いたのは
つい最近です。
あれから私は、多くのことを体験しました。
ここで語るつもりはありませんが、
海ではなく、この実際の社会で
光も見えない本当の暗闇の世界を見ました。

私たちは、「人生」という大きな海原にいて、
「社会」と言う海図を頼りに航海する船乗りなのかもしれません。

私は言いたいのです。
人生の海を航くすべての船乗りたちに。
「闇を恐れることはない
闇と友達になればいい。
だれのこころにも闇がある
闇の中で
心静かに横たわって
そのままでいたら
浮かんで見える何かがある
いつもあなたとともにいる
かすかな何かが。
光の中では見えなかった何かが。
それは
光の中にあっても
深い闇の中にあっても
あなたと共にあって
いつもあなたを見守り続けてきた。
闇が深ければ深いほど
それが見える」
と。

失意の中にあっても、あきらめることなく
かといって
頑張ることもなく、
そのまま静かに横たわって
暗闇と静寂を楽しんだ時に見えてくる
かすかなもの。

これが何なのかは説明できません。
しかし、
そのかすかなものがあるから
私も、あなたも
自分の足で
少しずつ立ち上がって
歩いたり、止まったり、
自分の好きな姿勢が必ず取れるようになります。
必ず。

讃美歌「アメイジング・グレイス」に思う

暗闇の航海を思い出す時、
讃美歌「アメイジング・グレイス」のメロディーが浮かんできます。

奴隷運搬のビジネスについていた船乗りのニュートンが
船の遭難やいろいろな出来事に翻ろうされ
そしてやっと気づいたこと、

それは、
今、ここに、私のいのちが生かされている
そんな奇跡でした。

まさに、
闇の底に沈んだからこそ、
見えないを見、
気づかないを気づいた歌なのでしょう。

オカリナは
あえて、「叫べるオカリナ」として愛用している
ともちひろしさんの作品
吟オカリナ アルトCフォルテタイプをメインメロディーに
板東さんの作品 颯オカリナ ソプラノFをハーモニーに入れ、
うたの5番目からは
颯オカリナ ソプラノCの天を突き抜けるような音色を加えて合奏にしました。
こうして、アメイジング・グレイスを
オカリナ三重奏にして
再現しました。

アメイジンググレイス「魂の旅路」の演奏動画です。