Pocket

ロシア民謡に「ともしび」という曲があります。戦地に大切な人を送り出し、待ち続ける娘の心を歌った唱歌で、とても美しいメロディーです。この曲はオカリナで吹くとさらに生きてきます。私は「ともしび」の曲に浮かんだイメージを詩に書くとともに、オカリナで演奏しました。

ともしび
Ocarina improvisation “Torch of Hope” ~from Russian folk song “Огонёк”

ともしび(自作の詩より)

ともしびを頼りに生きていても
ともしびが消えることもある。

でも
ともしびのない暗い闇のさなかでも
消えることのないかすかなともしびが
いまここにあることに
きみは気づくかな?

真っ暗な夜の海を航海していて
一筋の灯台の光を見つけたら
嬉しく思う。

でも
灯台の光も
月も星も何にもない
真っ黒い暗闇の海にいて
そこでしか見えないほのかな光が
きみに見えるかな?

それは

海にいつもいる
夜光虫の光。

未来も希望も感じない
どんなアイデアも浮かばない
深い心の闇にいても
ずっとともり続けていて
絶対に消えない
小さくて優しいともしびが
きみに見えるかな?

でも今は見えなくてもいいよ。
笑えない時は、笑わなくていい。
泣けない時は、泣かなくていい。
そのままでいれば十分さ。

でも
そんなときも消えずにともり続けている
かすかなともしびが
そのうち見えるさ。

見えてうれしくなったら、少し笑えばいい。
泣きたくなったら、泣きたいだけ泣けばいい。
それでいいんだよ。
         (詩 星咲繁博 こと オカリナぽーる)

もう泣くことすらできず、床に突っ伏しながら浮かんできた言葉を
詩にしました。
どん底っていうのは、ありますね。
その境地になったら、何にも感じない。
涙も流せない。ましてや、笑顔なんかできない。

しかし、思いました。
どん底の中で、動けなくなって、光なんか何も見えなくなって
そんな中だから見える、自分の胸の中の光があるってことを。

ロシア民謡「ともしび(アガニョーク Огонёк)」の背景

ロシア民謡の「ともしび」という歌曲
原語では「Огонёк」(「アガニョーク」と読みます。)

とても哀愁の響く美しいうたです。

戦地で戦う恋人を思い、
故郷で待ち続ける乙女の
切ない気持ちが歌われます。

この歌の詩を作詞したのは、ロシアの詩人M.イサコフスキイで、
作曲者はだれかわかりません。

イサコフスキイがこの歌詞を公表したのは
第二次世界大戦中の1942年でした。
まさに、多くの兵士が戦地に送り込まれ、戦死していった時代でした。

詩はこう始まります。
「戦地に旅立つ若者を、
乙女は夜更けの玄関の階段で見送った。
遠ざかりながら若者が振り返ると、
乙女の部屋の窓辺に置かれたともしびが
夜霧の中にまだ見えていた」

戦地に大切な人を送り出す時の情景ですね。
若者を送り出す乙女、
息子を送り出すお母さん、
兄弟を送り出す家族

こうした、大切な人を危険な地に送り出す心の憂い、叫びが表現されています。

この詩に、ブランデルをはじめ多くの作曲家が曲をつけたそうなのですが
どの曲も忘れ去られ、淘汰され、
最後に歌い継がれたメロディーが
私がオカリナで吹いたこの曲です。

しかし、このメロディーをだれが作曲したか伝えられておらず、
作曲者不詳となっています。

この美しい曲は、戦後日本に伝えられ、
「うたごえ喫茶」で愛唱されていました。

釈迦の遺言に登場する「ともしび」の言葉

「ともしびは念々と滅すれど、
光ありて、
暗闇を打ち破る。」
これは、
仏陀(つまり、お釈迦さま)の遺言のお経と言われている
「大般涅槃経(だいはつねはんきょう)」の一句です。

仏陀が亡くなるとき、
「私の身は滅んでも、
私の教えは滅することなく、
どんな闇をも破ることができる。
この教えを大切に、伝え広げなさい」と
弟子に諭したと言われています。

思います。
仏陀が遺言の中で教えてくれたとおり
「消えない光」「消えないともしび」がたしかにある。
それは自分自身の胸の中にずっとあり続けてきて
これからもある。

私はそう思います。

その確信を込めて吹きました。
「アガニョーク ともしび」
ヨシヅカオカリナのソプラノGで吹きました。
間奏では、演奏しながら浮かんできた押し寄せるほどの気持ちを
既存のメロディーにおさめきれず、
創作即興演奏をしました。

最後のほうでは
辛かった思い出がフラッシュバックしてしまい、
オカリナを落としてしまったので
曲のクロージングは、口笛になっています。

ともしび
Ocarina improvisation “Torch of Hope” ~from Russian folk song “Огонёк”