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カッチーニのアベ・マリア。この曲ほど、切なく祈る曲はありません。ほかのアベマリアとは違い、ただひたすら天に向かって祈る、心の叫びが現れています。この曲に「魂の自由」と言う思いを込めて即興演奏しました。この記事では、このカッチーニのアベマリアの即興演奏に込めた思いをつづります。

カッチーニのアベマリア演奏です。

「笑顔」の落とし穴

よくいろいろな人からも、いろいろな本からも
「微笑みをいつも絶やさないように、
明るく、ポジティブになりましょう」
と言われました。

「笑顔」はお互いを幸せにします。
いつも
笑顔を絶やさないように、
微笑みを忘れないように心がけて生きて行けば
幸せはやってくるんだよ・・・・

そう教えられてきました。

でも、本当にそうでしょうか?
多くの場合、そうかもしれません。

しかし、
この「笑顔の教え」は、人によっては、非常に苦しく
堪えがたいこともあるんだということを
忘れてはならないんです。

魂の欲するままでいていいんだよ

実は
「にこやかにしましょう」と
そいう言われても微笑むこともできないことがあるんです。

「泣かないで、前に進みましょう。」

そういわれても、こらえることができない時があるんです。

明るくなんかならないでいいんです。
何も話したくない時は、話さなくていいんです。
こらえられない時は、泣きまくって、騒ぎまくっていいんです。

魂は
自由です。

私たちは
笑顔も、忍耐もできないようなときには
魂の欲するままに過ごしていいんです。

「苦しみ」は乗り越えるものだろうか?

苦しいとき、
よく、いろいろな人に励まされて
「必ず乗り越えられるから」とか
「頑張って、乗り越えよう」
と善意で言ってもらうことがよくありました。

しかし、
乗り越えることができない苦しみもあります。
そういうとき、
こうした励ましが、かえって心を苦しめてしまいます。

苦しみを避けることはできないかもしれません。
いくら注意していても、突然襲う苦しみもあれば、
自分のあやまちで、苦しむ結果になったりすることもあります。

その苦しみに圧倒され、
生きている意味すら分からなくなることだって
あります。

「私は何のために生きてきたのか、
これからどうして生きて行ったらいいのか、
わからない」

わからない時は、わからないままでいいと思います。

でも
ふと考える余裕が出てきたとき、
少し考えてみましょう。

苦しみを避けることは自由にできないかもしれないけれど、
苦しみに対して、
どういう態度をとるかは、
どんな場合にも自由に決めることができるんですよ。

魂は自由だから。

手錠も鎖も、私たちの魂を縛ることはできないんです。
そこには、権力は一切及ばないんです。

これはだれもが持っている
生まれながらにして与えられた自由です。

この自由によって、私たちは過去の苦しみを変化させることができるんです。

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私たちは過去を変化させる魔法を持っている

では
どのように変化させることができるのでしょうか。

確かに
降りかかった災難、
犯してしまった過ち、
受けてしまった被害、
など・・・

過去の出来事は、
たとえタイムマシンが発明されても変えることはできません。

しかし、
たとえタイムマシンがなくても
私たちは
過去の意味を変えることができるんですよ。

それができるアイテムは
「魂の自由」です。
体には制約があります。しかし、魂は進化を続けるもの。
何の制約もなく、想像し、夢を描き、進化し続けるもの。
その進化を止めることのできる権力はどこにもありません。

私は入院中
体も動かせず、もちろん外にも行かせてもらえず
拘束されて不自由でした。
しかし、
魂の旅行を止めることはだれにもできませんでした。
本を読めるときは本を読み、
本も何もないときは
その辺の白い紙に自由に詩を書いたり絵を描いたりして
魂の旅を楽しみました。

こうして魂の旅を自由に続けていると、
過去の点と、過去の点がつながり、未来に、自分が知りもしないものに変わっていく。
一つ一つの点は、ドロドロに汚れたものかもしれない。
格好の悪いこと、苦しいこと、つらいことなのかもしれない。
しかしこうした点と点が何かでつながった時、

点が意味を持って生きてくる。
そして過去の意味が変わります。
過去の出来事は変えることなんかできなくても
その意味を変えることができるんです。

過去の意味が変われば、
おのずと未来が変わります。

だから、
過去を悔やむことが多ければ多いほど、
自分を責めたくなることが多ければ多いほど、
その意味を変えていくのです。
自由な魂を動かして、想像力を働かせて、過去の意味を変えていくんです。

生きていれば、誠実に生きていれば、
その意味は変わってきます。

そしてその意味が変われば、
おのずと未来が変わるんだと思います。

カッチーニのアベ・マリア~魂の自由を叫ぶ祈りの曲

私はカッチーニのアベ・マリアが好きで、
この「カッチーニのアベマリア」からイメージを発展させて
即興で演奏しました。

「カッチーニのアベマリア」は、多くのアベマリアと雰囲気が違います。

歌詞は単純です。
ただ
「アベ・マリア(ああ、マリアよ)」のみです。

私はこの曲の中に
自由な魂の
天を突き抜ける叫びを見つけました。

この曲、イタリアの作曲家
ジュリオ・カッチーニが
声楽学校の練習曲として作曲したとされていますが
実は
ソ連の作曲家がカッチーニの名を使って作曲したという説もあります。
公的な宗教芸術や活動が禁止されていたソ連で、
これだけの美しい曲を作曲しても名を出せなかった事情があるのでしょうか。

この曲は、
美しい旋律の中に叫びがあります。

その叫びに触れて私は
オカリナ演奏の収録中に何度も倒れ、
演奏が途切れては、最初から録りなおす、
そんな中でかろうじて収録をしました。

オカリナは、南大阪の板東正裕さんの手作り工房で作られた「颯オカリナ」のアルトC管です。
このオカリナを手にしたとき、 「これはカッチーニだ!」とピンときました。
さっそく吹きました。
魂も揺さぶる懐かしい「鳴り」と「響き」は言葉になりません。
これからも颯オカリナを手に どんどん作品を作っていきたいと思います。
即興演奏のインスピレーションも今まで以上に湧いてきました。