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聖歌「み母マリア」は本当に美しいうたです。聖母マリアをたたえる、すがすがしいメロディーに心が打たれます。この歌をめぐるエピソードには、涙が止まらなくなります。長崎に原爆が投下された日の出来事です。

聖歌「み母マリア」の演奏動画です。オカリナで一人三重奏しました。

1945年8月9日

1945年8月9日の出来事、おぼえているでしょうか?
私がまだ生まれていない頃なので、おぼえていないというと冗談になりますが
語り継がれた歴史の記憶は
これから生まれてくる人の記憶にも語り継がれていきます。
そう。
1945年8月9日。
それは
長崎に原子爆弾が投下された日です。
長崎に投下された原子爆弾は
一瞬のうちに長崎の街を火の海にし、
多くの人々を焼き尽くしました。

爆心地(爆弾が上空で爆発した場所)は
浦上天主堂付近の上空であったと聞きます。

その一発の爆弾によって
多くの命が失われ、
後世に語り残すべき、ものすごい苦しみが始まりました。

聖歌「み母マリア」にまつわる魂を打つ話

その日の夜中
長崎大学病院放射線科の看護婦たちは
生き残った人たちを助けるため、
夜を徹して捜索していました。
見渡す限り焼き尽くされた地獄のような街を
探し続けている中で
がれきの中に
とぎれとぎれに聞こえる
聖歌の歌声。
「どこ?
いま助けに行くからね。」
聖歌は「み母マリア」でした。
とぎれとぎれでしたが
天国のようなハーモニーの美しい女声混声合唱でした。

歌は、聞こえては止まり
とぎれとぎれでしたが
きれいなハーモニーだったそうです。

看護婦たちは必死で探します。
「どこにいるの?
どこで歌ってるの?」
しかし、
歌声がとぎれる間隔が長くなり
そして小さくなり、
やがて聞こえなくなりました。

夜が明けたころ
学校の運動場の草むらの中に
7~8人の修道女がひとかたまりになって
手を取り合って冷たくなっていました。

焼け野原で歌い続けた 天国のハーモニー

「歌を歌ってたのはあなたたちだったのね」
看護婦は涙を流しました。

もう動かなくなっていた修道女たちは
ひどい火傷で本当に痛々しい姿でしたが
口もとは天国で楽しんでいるかのように
微笑んでらっしゃったそうです。

話はさかのぼり
原爆が投下される前の戦時中のことです。

長崎純心聖母会の学校では
空襲が激しくなってきたころから
この「み母マリア」などの聖歌が毎日歌われていたそうです。
恐怖の日々、怖い日々だからこそ
聖歌を歌っていたそうです。

だから多くの生徒たち、教員たちはこの歌をよく知っており
辛い時に心で歌い
声に出して歌い
原爆に被曝しても、
いのち尽きるまでこの歌を忘れなかったと伝えられています。

つらいときこそ美しいうたを

シスターたちがどんな気持ちでこの歌を歌っていたのか
想像するとき、

涙が止まらなくなります。

戦争、
憎しみ、
苦しみ
痛み

こうしたむごい状況の中にいて
天国に通じるハーモニーを歌い続け

手を取り合っていのち尽きた時のシスターたちは
もうすでに魂は天国にあったのではないかと思います。

私たちも
苦しい状況、
辛い状況にあるときこそ、

天国に通じるような美しいものを思い描き、
それが歌なら合唱し
それが絵なら、めで、
それがダンスなら踊ろう。

つらいときだからこそ、
きれいごとなんか無縁に思える、修羅場だからこそ、
きれいなことは、こころに持ち続けよう
私はそう思います。

聖歌「み母マリア」

聖歌「み母マリア」です。
カトリック聖歌集にある歌ですが、本当に美しいうたです。

この歌をオカリナで3重奏にしました。

メインメロディーに 音のまろやかな ヨシヅカオカリナのアルトCをつかい
ハーモニーにアケタオカリナのアルトCを使いました。
そして、天国のようなソプラノに
プリマ・マエストロ ピッコロCを使いました。

このプリマ・マエストロ オカリナは
私が子供のころから愛用していた1本です。